日々のお知らせ

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最終更新:2008/07/23 02:04  おはようございます、次ぎの更新は未定です
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●最新記事 ・「同一性と異質性のフーガ」2008/01/19 ●「科学技術 全て伝えます SciencePortal」 ●「きまぐれ生物学」 ●「生物多様性進化分野 進化生態科学講座 東北大学」 ●「東大分子細胞生物学研究所 形態形成研究分野 」 ●「記者発表等 独立行政法人 理化学研究所」 ●「理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)」 ●「プレスリリース -科学技術振興機構-」 ●「News@KEK(高エネルギー加速器研究機構)」 ●「新聞各紙の書評・読書案内」 ●「毎日1冊!日刊新書レビュー:NBonline(日経ビジネス オンライン)」 ●ピックアップ ・「自己の卵モデル」(byももちどっとこむ) ・「ヨーロッパ言語学博物館」 ・「得した気もち」(by店主戯言(浅草的思考)060102 桃知利男 建設業に貢献するIT化&考える技術!)富士山のパノラマが素晴らしい! ●「サルでもわかる国家破綻」関連。 ちょっと休眠しますね。 ●mixi(since2006/02/27)。
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【お知らせ】ミニ伝言板の設置

 今日もなんとなく気持ちが落ち着かない。しょうがないので、サイドバー用伝言板を設置してみようと思う。メモ代わりに使おうかなと思っている。果たして今日中にできるかなー?

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【お知らせ】サイドバー保守作業について

最終更新;20:35  一応、作業完了しました。
 いろんな思いが交錯して、思考が一箇所に落ち着きません。で、気分転換にサイドバーをイジリます。
■メモ
・「木曜ドラマ 「松本清張 けものみち」」(byテレビ朝日)が面白そう。

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■自分の記事が感謝されると嬉しい

一時は、一日1,000を超えていた訪問者数も、最近では200~300とお上品な数(検索サイトの事情と、旬な話題を取り上げなくなった所為だと思う)だったのだが、ここ2、3日は激増している。何かと思ったら、例のエイベックスお家騒動でのアクセスだった。検索サイトからのアクセスがほとんどだが、自分の記事を取り上げてくださったサイトからのアクセスもある。なかでも、こちらのように感謝のコメントがあると、素直に嬉しい。感謝します。もちろん、定期的な読者の方には感謝、コメントを残してくださる方にはもっと感謝である。

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■銀の皿にジャガイモ

 前回の記事で、m_um_uさんから頂いたコメントの返事を書こうとあれこれ思案していたら、「本物、一流、最高を知る」について、頭の中ではそう思っているけど、実践がサッパリじゃん、ってことに気がついたので、反省がてら、その辺の事情について思いを巡らしみようと思う。

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■「現実」という幻想、「ネット」という幻想

  -- 文章と人格 --

 ぼくがいつも訪れるブログサイトは数サイトである。何べんも訪れ、コメントの遣り取りなどしていくうちに、その方のイメージが出来上がる。馬鹿げたことかもしれないが、容姿のイメージまでちゃんとあるのである。知らない筈なのに、その人の書いた文章から、容姿も含めたイメージが出来上がっているのだ。もっとも容姿は文章とまったく無関係だと思うが、思考の習慣で、書き手を意識した場合には、どうしても顔がついて来てしまうのだ。

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■スケールフリーって何だ?

いま『新ネットワーク思考(参考)』を読んでいる。スケールフリーという言葉が「しっくりこない」。スケールフリーの特徴は解かったんだが、それをどうして”スケールフリー”と呼ぶのかそこがスッキリしない。で調べることにする。

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■ベキ法則って?

 最近、生命とか宇宙とか人間とか社会とかの仕組み・成り立ち・振る舞い(結局自分の脳みそ)に興味があって、それらを読み解くカギを求めて、哲学・科学関係の本を読み散らかしたり、あるいはインターネット界を彷徨ったりしている。いま一番自分にとって旬な話題は、創発とか複雑系であるが、ここに来てキーワード「ベキ法則」がにわかに自分の中で存在感を増している*1。んで、きょうは「ベキ法則」について調べてみた。まず、キーワード「ベキ法則」で検索し、その中から気に入った記事をピックアップする。

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■思いのままに36

■ココログ半年を振り返って
 始めた頃の、歓びは今はない。文章を読み返してみると、浮かれているのが見て取れるが、軽やかでいかにも楽しんでいるのが伝わってくる。ちょっと羨ましい気もする。それに比べていまの自分はどうかというと、今日の天気のように、薄日も差すが小雨がぱらついているのだ。あぁ、風も吹いてるね!相変わらず、熱しやすく醒めやすい性格だなぁ、と思う。書きたい気持ちはあるのであるが、いまひとつ乗り切れない(脳みそと肉体がついてこない)。こんな時は、「あるがままでいいんじゃないの、ジタバタしたって始まらないんだから」と過去の自分が語りかける。

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■ぼくは本を読むのが好き

 このところ、よく本を読んでいる。この習慣は、ぼくの人生においては比較的新しい。思えば15年くらいから前からの習慣である。その頃、ぼくは、すっかり心を病んでしまって、もう頭脳労働はいやぁ~んということで会社を辞め、頭を使わない仕事に就いた。で、頭が暇になってしまって、その頭の退屈さを埋め合わせる為に始めた習慣だったと思う。本を読み始めると知的好奇心が刺激され、さまざまな分野の本を読むようになった。様々といっても関心は二つ。世界(社会(政治経済)科学的に、自然科学的に)がどうなっているか、ということ。そして自分である。んで、いまの関心は<創発>である。もっとなじみのある言葉を探してみると「生成」とか「出現」とか「創出」とかがある。「いままでになかったものが、誰が作ろうとして作ったわけでもないのに、自然発生してしまう様」に注目した概念ということになるだろうか。

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■ココログ初めての壁

 昨年12月02日、ココログを始めて、初めてのスランプである。体調をくずしたこともあって、文章が書けなくなってきた。元々、文章を書くのが不得手なので、不思議なことではないのであるが、ここまで一日も休まず続けてくると、連続記録が途切れるのが、惜しいというのも事実である。自己確認作業、文章能力の向上、認知願望の充足など様々な目的を持ってこのブログを利用しているのであるから、連続記録が途切れることは、枝葉末節である。しかし、この枝葉末節にかなり重大な価値を見出してしまうのも事実である。連続○○記録というシロモノが存在する限り(巨人は、開幕26試合連続本塁打記録更新中)、連続○○、には拘ってしまう。傍から見たら大したことではなくても、本人にとっては、大したことなのだ。
 

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■ズバッと!認知願望!

 この『認知願望』という言葉、好きで何度か使ってきた(参考:123)。この言葉を知ったのはおそらくこの本『歴史の終わり 』でだろう。あの時期(1990年前後)は色なんなもんが終わったような気がする。アイドル時代の終焉、冷戦構造の終焉、イデオロギーの終焉、バブルの終焉、ぼくも終わったし、とにかく「終わり」が流行った時期だった。

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■米と騾馬のワルツ再考

-- あるいは、 コメントもっと くださーい!! キャンペーン --  

 再考というのは、最近コメントが少ないなぁー[気のせいかもしれないが]と思っていて、その原因を考えてみたからです。いくつか思いついた*1が、それは自分が勝手に思い込んでいるだけのこと。他の人はどう思っているのだろう。そんな折、philosophicalさんが、この種のテーマで、

 記事a:『対話はいつ終らせるか、あるいは始めるか』、
 記事b:『Web では共感を探しているのであってコミュニケーションを探しているのではない

を書いた。

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■書くという行為(三)

--あるいは、痴識を貪る人間、あるいは痴的自慰行為、基本的に気晴らしで”かい”てます --

 映画を観ては、ジェームスボンドになりきり、野球を観ては松井になった気分を味わい、ライブに行けば、小室哲哉に変貌する。多かれ少なかれ誰でもそういった経験はあるだろう。自分がいくら努力しても手に届かないものはある。かなわぬ対象を他人に託すことで満足する。こうした代償行為は誰にもあると思う。

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■感情より勘定

この言葉「感情より勘定」をgoogle検索してみた。ありましたよ、19件、もっとあるかと思った。

 うーむ、やっぱりいい言葉だ。

   「僕は、どんな褒め言葉を貰うよりも、3億円もらった方が嬉しい」

 ン!そういうことじゃないのか?この言葉は。サイテー

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■「器量不足」なわたし

■私設伏魔殿■:『まったくのところ、おっしゃる通りでございます。反論の余地はなく、笑うしかございません。』で知った
手帳:『サイトとブログ 「キサマ等のいる場所は我々が2000年前に通過した場所だッ!」』より

 ■私設伏魔殿■[pistachio]さんは、度量の大きな人[アッチは確認しようがないが]なので、黙って笑って済ませていましたが、私はタイトル通りの人間なので、一言いいたくなりました。手帳さんの記事はそれはそれで面白く読みました。確かに面白い。でも引っかかるんだよなこの類の記事って。

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■思いのままに32

♪繋がる。群れる。人間!

 私は繋がりたいけれど、群れたくはない。「私は強い人間だから、群れる必要なんてない」と言いたい訳ではない。 単純に群れる人間を見て「あまり恰好の良いものではないな」との印象があるからである。何か明確な目的があって一時的に結成される集団[組織、プロジェクトチーム]なら別だが、単なる趣味の会、社交クラブような類の仲良しクラブ的な集団が好きではない。[こういった集まりを否定しているわけではない。こういった集まりにもちゃんとした人間はいる]

 大体、徒党を組むと人間ろくなことにならない。

  縄張り意識 -- 他を排除する意識
  集団心理  -- 単独では決してしないであろう行動も出来てしまえる心理

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■MyClipって?

 ウェブログ関連での話題にはすぐ飛びつく私ですが、あんまり自分にとって必要性を感じないので触れなかったけれど、懇意にして頂いている、

 ■私設伏魔殿■:『書評サイトはつまらないし、MyClipの使い道がわからない。』や、
 TheElectricWomb:『MyClipの正しい使い方?

でも話題にしているのでチョット触れてみる。

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■ウェブログ幻想曲

 [N]ネタフル:『木村剛氏「ウェブログは報道の形を変えるか?」』で、参照された記事:『ウェブログは報道の形を変えるか? (KFi代表 木村 剛氏)』を読んで思ったこと。

 ◇まえおき

  ♥ウェブログのタイプ[ウェブログハンドブックより]

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■「会話」と「対話」

■参照文献
・中島義道:『「対話」のない社会-思いやりと優しさが圧殺するもの』[文献1]

♪言葉を交わし合うことで、改めて感じる「言葉の紛らわしさ」を少しでも見通しよくする為に

言葉を交し合うことに関する言葉を分類・整理してみようと思う。

馴染みの人と話す場合はそれほど気にするコトもないのだけれど、知らない人と話す時は言葉遣いは大事だ。まして、表情の見えないネットでの言葉の交換は慎重にしないと、単語一つとっても解釈の違いがあるので、意志の疎通を図るのが内容によっては難しい。まぁ、この問題はどんなに努力してもなくならないと思うが、「言葉を交換すること」について考察することは、無駄な言葉の交換をしてエネルギーの浪費を少なくする上で、必要なことだと思う。

♪分類・整理[但し、文献1に拠る]

■ディベート[討論]
 
特定のテーマについて、賛成派と反対派に別れ私情を交えず客観的に話し合う。
これには、論理的に相手側を説得する技術が要求される。
この際、討論に参加した人の本心はどうでも良く、その人の口から出る論理が説得的であることが重要である。裁判を想像すればよい。

■対話

自分の人生を背負って語ること。狭義の対話。
中島氏が提唱する哲学的対話[以下、この意味の対話を<対話>と記述する]
生きている現実から離れた客観的な言葉の使用法はまったく<対話>ではない。
<対話>とは各個人が自分固有の実感・体験・信条・価値観にもとづいて何ごとかを語ることである。
だから、はじめに賛成派、後に反対派に立場を変えて語れるような討論とは違う。当事者としての対話。  

■会話

<対話>とはまた、「会話」でもない。
井上達夫は、西洋的言語観・行為観・正義観の伝統上に築きあげられたコミュニケーション的行為論に矛先を向け、「会話としての正義」を提唱している[『共生の作法』創文社]。
会話は、コミュニケーションのような「達成さるべき一定の目的--情報伝達・意志決定・合意・コンセンサス・相互理解・了解・和解・宥和・融和・交感・交霊・合一・洗脳?等々」をもたない。

「異質な諸個人が異質性を保ちながら結合する基本的な形式」である。「会話は『分からず屋』を排除しない。
『この分からず屋め!』と怒鳴りあっていつも喧嘩別れする二人の頑固親父が、終生会話的連帯のうちにあるというほほえましいパラドックスを会話は可能にする」。

  ・・・

討論やコミュニケーションには、合理的に話し合う能力が前提されており、すべての人にこの能力が要求されるのだ。それはあまりにも暴力的かつ狭量な言語観である。

「寅さん」の会話

『寅さん』に登場する「会話」は、ほぼこうした人間的触れ合いである。そこでは、みな寅さんを傷つけないように配慮し、自分の欲求を我慢し、真実を伝えず、しかもそのことを寅さんはすべて見抜いていながら、その「会話」に参入する。「言葉に表現された文字通りの内容」はほとんど重要ではない。重要なのは「どんな気持ちで語ったか」であり「どんな気持ちで語らなかった」であり、みんな「どんなに寅さんのことを心配しているか」である。
 ♪私見

 さて、これを踏まえて、わたしはどんな部類の言葉の交換を普段しているのであろうか。少なくとも討論はしていない。語る内容によってあまり意識することなく<対話>であったり「会話」であったりしている。これからは、ココでの分類を念頭において言葉の交換をしていこうと思う。

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■見損なったぞ「室井佑月」

 わたし室井佑月ファンとしては、今回のココログ参加はチョット勘弁して欲しかった。

私の思い描く室井さんはもっと「やんちゃ」な筈だ。よりによって、またどうして、人畜無害で品行方正なココログなんかにやってくるの。手違いではないかと、しばらく様子を見守ってみたが、どうも本当のようだ。こりゃいかん。

 「室井さんの輝かしい歴史に、汚点を残させるわけには参りません。今からでも遅くはない、ただちに撤退せよ」との思いで筆をとった次第です。

 と、思ってみたものの、室井さんのこと、そんな軽率な行動をとる筈がない。自分のイメージダウンに繋がりかねないリスクも省みず、ココログに参入したのは、「金」の為か、そんなことはない金なら唸るほど持ってる筈だ。「名誉」か、そんなもんとは無縁だ。じゃぁ「頼まれたら断れない性格?」個人的に付き合ったことがないので性格までは知らない。いったい全体なんなんだぁ~。この暴挙はぁ。

ともあれ、その心意気を粋に感じ、今回の愚行を素直に受け取り、こうなったら応援しますとも。えぇ。

とにかくあたしったらものすごい自分好き。それはもう病的なほど。

相変わらず、冴えてます。このフレーズ大好きです。「自分を好き」と人前で「はにかみ」ながら平気で言ってのけられる人って、わたし大好きです。

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■俺はこの記事で何が言いたいのか

 先日[03/03]、私設伏魔殿[pistachio]:記事a『イタタ。』へコメントしたところ、
その応答として記事b:『誰がそのブログを書いているのか。』が書かれた。
 この記事を書くまでのいきさつを、自分なりの解釈で要約すると次の様になります

■記事a:

 pistachioさんが、
有名人木村剛氏が使った言葉「ゴーログかましてよかですか?」とか「一般ピーポー」に反応して、

こういった言葉を臆面もなく平気で使う言語感覚はぼくにはない。理解できん。誰か教えてくれ。

 という問いかけをした。

で、私は「言葉遣いだけでなく、森永卓郎さんを引き合いにだし、木村剛氏の人格の攻撃をした」コメントをつけた。
すると、pistachioさんは、「人格攻撃はいけません。ぼくは、言葉の使い方についていかがなものか。を言いたかっただけです」とのコメントが返された。さらにコメントのやり取りが繰り返され、また、菊池亮さんの横やりが入ったこともあって、それらのコメントに応答する記事bが書かれた。

■記事b:

 上手く説明できないのですが、文章≠人格なのだそうです。[私は特別な場合を除いて文章=人格と思っています]
その説明には、過去及び現在の文章の専門家、ロラン・バルトや筒井康隆やミラン・クンデラや東浩紀が使用されました。私は専門化ではないので、上記の人たちの言説はほんのチョットしか理解できていないか、知らないかのどちらかです。そうした私の痴的[稚的]能力で、いいますと、たしかに「文章≠人格」の可能性は「ゼロ」ではありません。

 私とpistachioさんの決定的な違いは、この可能性への配慮です。
pistachioさん-->可能性を100%排除できない以上「文章≠人格」という姿勢を貫く。これは政治的判断である
私、it1127---->今回の内容[人をバカにした言い回し]では、文章≠人格とするわけにはいかない

 そして、pistachioさんの私への問いかけ

「文章=人格」だとして、先に挙げた問題にit1127さんがどう対処するのか知りたいし、「文章=人格」が崩れる瞬間にも「文章=人格」で論じられるのか知りたいと思うのだけど(批評、批判としての有効性について)、it1127さんはどうお考えになっているのだろうか。

 に対する、返答はこうです。「多分後半部分についての答にはなっていない」

 私は、木村剛=ダメな人格と思っています。pistachioさんは、もし「木村剛≠ダメな人格、言い換えれば木村剛=良い人格」だったら、it1127さんはどう対処するのか。という質問だと解釈します。そしてそれにお答えします

 「あんな言葉を使うからてっきりダメな奴かと思ってしまいました。そうでなくて本当に良かったです」と応えるだけです
pistachioさんが挙げた例は、「今回の件」に比べて事の大きさが違います。私だって内容次第で慎重になります。自分の利害に係わっていればなおさらです。たとえば、営業マンが、おいしい話を私のところに持ってきたとします。当然営業マンですから良い人格を演じます。だけど「営業マンの言っている事[文章]≠人格」と受け取ります

要するに、pistachioさんが僅かの可能性でも見逃さない冷静さを持って木村剛氏に対峙したのに対し、
私は、その時の気持ち100%全開で木村剛氏に対峙したのです。少なくとも木村剛は「やばい人間」でないコトだけはハッキリしています。ですから木村剛氏にそういう態度で対峙できる訳です。つまり直観的にこいつには文句を言って大丈夫か、そうでないかを身分けて態度を決めているのです。

つまり、文章と人格の関係を決めるのは、自分と相手の関係で決まってくるのです。ということが言いたかったのかな。つまり難しい先生方とは多分違う理由で「文章≠人格」を決めているのでしょう。これから難しい先生方の言説を勉強しようと思います。これで答になったのかなぁ~。まったく自信なし。許してちょうだ~いpistachioさ~ん。

【追記/23:35】私の、読み方について[関心の移動:文章-->作者]

まず、文章に注目します。もし不愉快に思ったら、どうしてこの人はこんな不愉快なことを書くのかと、作者に関心が移ります。同じように、面白い場合でも、どうしてこの人はこんなに面白い文章が書けるのだろうかと、作者に関心が移ります。  

【参考サイト】

 ・SOUL For SALE:『ネットは何か、何でないか』[直接には参考にしていない]

【参考文献】
 :『私の嫌いな10の言葉』[中島義道][直接には参考にしていない]

bulkfeeds : Similarity Search[参照]


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■ファッションとしてのブログ

♪はじめに

 この記事を書く直接のきっかけは、ElectricWomb氏:燃えろ! Blog!を読んだからで、
その背景には、梅田望夫氏:Blogでバーンアウトする人と、しない人の違い以来の一連の記事をチェックしていて、このことについて、いづれ何か書こうという思いがあったからです。これらの記事群で述べられていることは、わたしの関心*1に従って思いっきり単純化してしまうと以下の2点に絞れると思います

 A:blogのバーンアウトについて
 B:.分類思考について

Aについては、「観察・啓蒙系」と「信念・意志表明系」という切り口を中心に議論が展開し、そして新に、ElectricWombさんが「似非日記・独り言系」を持ち込んで、抜け落ちた切り口を補って、議論を深めた。といった印象です。それについて干渉するつもりはありません。見応えがあって十分鑑賞を楽しんだわけですから。

Bについては、人間の「何かを理解する、納得する」する上での思考の習慣といいますか、趣向といいますか分りませんが、少なくともわたしは、何かを理解納得する為に分類して考えるのが好きです。その方が解った気になる、すなわち「納得する、腑に落ちる」わけです。これは思考の習慣としてどうしようもない事なのです。良い悪いの次元でなく、思考の習慣の問題と考えるからです。

 また、問題を誤る危険があるという意見があったようですが、それは「分類の仕方を誤る」危険があるということで、分類すること自体に問題があるということではないと思います。事物を説明する手段として分類が行なわれる*2わけですから、適切な分類が行われて、それで説明がついて人を納得させられればそれでいいわけです。端的な例が、ニュートン力学です。

 個体の運動を説明するのに、「運動」を「力」と「重さ」と「速さ」に分類して見事に「運動」を説明し、人類を納得させました。なぜみんなは納得したのか。このお陰で、武器、輸送機械、製造機械など今日の社会のインフラを築くのに大いに役に立ったからです。
要は、分類することが良い事とか悪い事とかではなく、それを説明するのに適切かどうかなのです。
だいぶ、前置きが長くなってしまいましたが、もう一つ前置きさせてください。

♪言葉の説明

   一連の議論で使用された分類は、ブログを使う目的・動機に焦点を当てたものと思われます。ですから、わたしもこの視点で、話を進めます。その前に、私の頭を整理させてください。言葉はできるだけ一連の議論で使用されたものを使います。それに自分の理解しやすい言葉を付加します。

■思いっきり大雑把な分類[分類は、まったく恣意的。この分類が自分にとって一番理解し易いというのが根拠]

 公[頭系] ----------------->知的財産の蓄積に貢献が念頭にある
  |----- 観察・啓蒙系[A1系]
  |----- 信念・意思表明系[A2系]
 私[心系] ----------------->自分の心の安寧が念頭にある
  |----- 似非日記・独り言系[B1系]

♪所見

■梅田望夫氏:「Blogでバーンアウトする人と、しない人の違い」について

マイクロソフトのRobert Scoble氏がバーンアウトして、
セキュリティ分野の第一人者であるブルース・シュナイアー氏がバーンアウトしない

ことを説明する上では、上の分類は適切であったと思います。わたしはそれで十分納得しました。
 しかし、それを、「バーンアウトする人しない人」の説明に用いるとなると、皆さんが指摘している通り、疑問が残ります。
また、ある特定の人の説明で用いた分類が、そのままその他大勢の人の説明に適切かどうかは、多くの事例研究が必要かと思われます。その辺の性急さが、今回多くのブロガーたちが、梅田氏の発言に反応した理由ではなかろうかと勝手に想像します。
 これに対し、ElectricWombさんは、「似非日記・独り言系」という言葉を追加しました。
梅田氏も、自覚して述べておられる「こぼれてしまう視点」を突っ込んだものと思われます。
わたし個人としては、この視点は、多くのブロガーを説明する上で、解りやすい言葉だと思います。なぜなら、私自身が「似非日記・独り言系」という括りで一番シックリ来るからです。また短い期間[3ヶ月]ではありますが、出合った人たちもそういう人が多かったという実感からそう思うわけです。

♪わたしが思う「Blogでバーンアウトする人と、しない人の違い」について

 この視点については、あまり関心がなかったのですが[人がブログを止めようがどうしようがわたしには関係ないという理由で]、改めて、考えました。わたしの見方はこうです。

 ブログ=ファッションアイテムの一つ
ですから、ブログを「身につけ続けられる」かどうかは
「得られるファッション効果」と「ブログを身につけ続ける負担」
の、兼ね合いに係っていると思います。

つまり、人から「全然似合ってないじゃん」といわれても、自分の信念を貫いて「似合わないといわれるブログ」を身につけ続けるのか、それとも、あっさり捨てて別のファッションアイテムを探すのか。

それは、他人が判断することではないと思います。少なくともわたしの立場としてはですが。

【関連】
 
 ・梅田望夫:Blogに見る言論の新しいスタイル

[注]
*1:どう転んでも、どう逆立ちしても自分は、自分の関心でしか、世界を観れない
*2:要素還元論、機械論。人類始まって以来の思考方法の伝統?理性とはそういうもの?
   特に近代西洋を特徴付ける思考の一形態?この考え方で物理化学医学が発展したのも事実。
   生命とか生態とか気象とか地球環境とか人間の行動などには、機械論的考え方では説明できない
   現象も多々あるのも事実

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■ココログ宣言!


♪やっぱ、ココログがいい♪


JUGEMを2週間ほど、試行してきたが、「ココログ」をメインに使って行くことにした。今後、JUGEMはサブとして使用
HTML、CSSなどの勉強用として使う。有料サービスになったら、そのとき止めるかどうか考える。

理由

 ・総合判断 

 --ココログの方が安心 --確かな根拠はないが、私は保守的人間なので実績のあるniftyのほうが安心
 --現在の機能を比べると、デザイン性がJUGEM優位だが、それだけで、JUGEMに移行する気にはなれない
 --近い将来サービスが始まるであろう、有料版ココログへの期待感。だから今の不便はたいした問題ではない

 ・文章入力 -- 差異なし
 ・ブログとしての基本機能 --差異なし
 ・スタイルシートのカストマイズ 
   -- JUGEM優位だが、わたしはデザイン性に関しては、現時点でそれほど拘らない

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■言葉のロンド或は友達の和

 ここ2、3日言葉遣いの話題が目に付く。当然といえば当然か。ブログは書くことが商売だから。
必然的に言葉は気になってしまう。特に言葉自体が好きな私なんかはこの手の話題は三度の飯より好きだ。
で、チョット目にしたサイトをここに纏めてみようと思った。

♪言葉のリンク集

1.私設伏魔殿:ブログ界隈は「づらい」の? 「にくい」の?
2.philosophical:「~しづらい」のか「~しにくい」のか
  経由で知った
  3.ことばたらずんば
4.skyward:言葉は生きているけれども
  経由で知った
  5.epique.net:言葉って・・・?
  6.間違えやすい言葉遣いを注意しあうスレ ――まとめサイト
  7.めブログ●虚勢と知ったかぶりワールド:うろ覚えのまま固定して覚えてしまった言葉

■私のお薦め

どこで知ったか忘れたが[そのうち思い出すに違いない]
8.ひでゆきの小ネタ部屋:言葉の誤用の小ネタ
アクセス解析していて偶然見つけた
9.言葉 言葉 言葉

【関連サイト】

 ・先見日記
 ・ペンの部屋/評論/言葉遣いについて
 ・日本語どらのアナ
 ・話し方マナー
 ・聖天使の言葉あそび
 ・金田一晴彦先生に捧ぐ
 ・糸井重里言いまつがい

bulkfeeds : Similarity Search[参照]

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■書くという行為2

 ♥ただいま、JUGEM[ココログと同類のウェブログホスティングサービス]試行中

  こちらサイトへどうぞ

  --『ドキドキさせてくれよっ』に対するささやかな抵抗

この文章はWombさん宛への手紙です。ですから2人にしか意味が通じません。そういう書き方しかしていません。ですから、他人の手紙に興味がある方のみが読者の対象となります

♪動機

 昨日書いた記事a『書くという行為について』を、Wombさんにトラバしたところ、記事b『ドキドキさせてくれよっ』がトラバされた。睡魔と闘いながら書いてくださった心意気に感謝!記事タイトルを見て、ドキッ。わたしがトラバした記事はなんとも退屈なものだったのかな。「もう少しましな記事を書いて、俺を『ドキドキさせてくれよっ』こっちだって忙しいんだから」という意味合いで、一瞬受けとってしまったからだ。そして、緊張しながらその記事を読んだ。果たして、そういう内容ではなく、ホッとしました。Wombさん、あんまり紛らわしいタイトルつけないでクレヨン。お願いだからさぁ~。そんなに心臓強くないんだからさぁ~。
 悔しいので、ささやかな反抗をここで試みる。っていうか、実は前回の記事は不完全だったのと、その後読んだ記事*1の影響もあって、さらに話を発展させてみようというのが今回の記事の主旨。

♪言葉・視点の明確化


 ここで、心の状態[情緒]を表す言葉の定義をしておきたいと思います。理由は目に見えないだけに、言葉の解釈が人によりまちまちだからです。不要な誤解は言葉のやり取りの浪費です。言葉の交換の効率化のためです。言葉の費用対効果の改善を図る為です。

情緒分析 

 「安心/不安」の2項対立に「快/不快」の2項対立を改めて追加します

「書いた記事に対する反応の有無」と「情緒[心]反応」

 反応アリ -- 安心
  好意的 --快
  敵対的 --不快
 反応ナシ -- 不安

つまり、
 反応の有無には安心・不安という情緒が
 反応の好嫌には快・不快という情緒が
対応しているわけです

視点[「読まれたい/読ませたい」人の読者への期待と情緒反応]

  ネガ]読まれたい[潜在・顕在係わりなく]と思って書く人--共感・同意の反応--快(Wombさんのいう安心)
    --わたしの立場(どちらかというと)、しかしポジを目指す
  ポジ]読ませたいと思って書く人 --とにかく反応[共感・反感は問わない]--快(Wombさんのいう満足?*2
    --Wombさんの立場

[参考]

 梅田望夫:Blogでバーンアウトする人と、しない人の違いより、bloggerの分類
  P1.信念・表明系 -- 何か訴えたいことがある
  P2.観察・啓蒙系 -- 和やかな繋がり重視

♪考察

   こうして、言葉を整理して改めて考えると、 Wombさんの意味する安心・不安は、わたしの意味する快・不快なのです そこが、わたしの記事aに対し、Wombさんが納得しなかった原因であるし、トラバされた記事bにわたしが納得できない原因でもあります

Wombさんは

共感や同意だけを得たいがために書いているわけではない

といって、安心感のためではないといっています
 わたしにとっては、それは「安心感のため」の否定の理由にはならないのです。わたしの感覚でいえば、反感や反論されれば確かに不快ですが、それは不安とは種類の違う情緒です
 ですからWombさんはそこでは、安心感と結びつけることはなかったのです。快の為ではないといえばよかったのです[わたしの言葉の使い方では]
そして、Wombさんは
「ツッコム=安心感を得る」なのである。

を否定します。どうしてかといいますとWombさんは安心感=快と解釈しているからです。それならば納得できます。でもわたしの中では安心感と快は別次元の情緒です
 そして、
どういうレスポンスがあるのかを不安と期待を織り交ぜて待ちたいから

というわけです
 まさに、このことがわたしの意味する「安心感の期待」なのです。つまり反応があれば安心するし[独りじゃないということが判明して]、反応がなければ不安になるわけです。Wombさんの場合ですと、不安ではなく不満足ということになります。

■注

 *1:ogil.net/blog:Blogタイプとaudiencesを意識する
   :梅田望夫:Blogでバーンアウトする人と、しない人の違い
 *2:Wombさんは、無視されることは我慢がならないといっている。Wombさんを殺すのに刃物は要らないそうである。無視すればいいのだそうです

■関連

 ・「N」ネタフル:blogでバーンアウトする人としない人

bulkfeeds : Similarity Search

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■書くという行為について

♪この記事の動機

 わたしが文章の手本にしている師匠ElectricWomb:[書きたいから書くのか読ませたいから書くのか]の記事を、朝一で訪れることを日課にしている、受付案内嬢ぴっくあっぷ[メモ]で見つけたからだ。いつもながらWombさんの記事は読み応えがある。つまりそれについて記事を書きたくなってしまうのだ。なぜかトラックバックしたいがために。何の土産もなしにWombさんにはリンク張れないでしょう。いかんともしがたいさん流にいうならば、[招待状]は送れないでしょう。

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■思いのままに17

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 近くの本屋に行く  ウェブログ関係の本を見つける。こんな田舎のマイナーな本屋なのに  ウェブログ関係の本はすべて買って、積読している。この本はお初だ  ついでだから、ウェブログ関係の本を列挙して置く 1.Movable Typeで今すぐできるウェブログ入門
コンテンツの生成、編集、更新が簡単にできるウェブログ(Blog)で自分のメディアを作ろう! ウェブログの代表的ツールMovable Type日本語ランゲージパックの作者が、初めて書き下ろしたウェブログ入門書の決定版! インストールからカスタマイズまで、これ一冊で簡単、完璧。 初めてでもつまずかない、ホスティングサービス対応表と便利なMovable Typeタグ一覧(オフィシャルユーザーズマニュアルの一部邦訳)付き。
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ウェブログは米国発の、独特の形式を持つウェブ日記型の個人ページともいえるが、BloggerやMovable Typeといった従来の日記ツールよりも数段強力な作成ツールや、XMLをベースとしたRSSやTrackBackなどの新しいウェブのコミュニティ技術によって、ホームページの作り方/運営方法を根本から変えてしまう魅力を秘めている。 本書は「ウェブログとは何か?」からスタートし、主だったツールのインストールや利用方法、さらに運営ノウハウまで解説した、本邦初のウェブロク総合入門書である。
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 あと、雑誌『WebDesigning』を買う

♪アフォーダンス


この雑誌を読んでいたら懐かしい言葉『アフォーダンス』を見つけた
 初めて、この概念を知ったのは10年以上前になるが、確か、一流スポーツ選手の瞬時の情況判断がどんな風に情報処理されているかの説明にこの【アフォーダンス】という概念が用いられていたと記憶している
 その概念がインターフェースデザインを構想するときに、結構用いられているようだ
例えば、野球のバット、このバットが時として人間を殴る凶器と化してしまうことがある。それは、「人を殴るコトをアフォードしやすい形状をしている」からだということもいえる
塗装をファンシーなピンクの花柄なんかにしたら、反抗期の高校生の殺意も萎えるような気がします見た目を気にする高校生にとって、ピンクの花柄の模様は振り回せないでしょう。ただ、これだと、野球で使うときにピッチャーになめられてしまうので、そこら辺は効率と安全性のバランスをデザイナーが旨く設定しないといけません

 また、こんなことも書かれています。駅に張ってあるポスターについて
ガムをつけられている頻度が一番高いのは、やはり、人の顔のアップ写真の鼻の穴や目玉の部分で、そういえば、日本でもよく画鋲とか刺されてますね

 いかにも「~したくなる」様なデザインを考えることは、けっこう楽しいことかも
それも、例のバットのように本来の目的とはぜんぜん違う、むしろ逆のデザインを考えてみたりすることは、毒があって面白いかも 
[アフォーダンスに関する文献]
 ・アフォーダンス-新しい認知の...岩波科学ライブラリー (12)
>>つづく

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■グローバルvsローカル

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例によって、受付嬢ぴっくあっぷメモで見つけた、
Re::code:コラム:ハッカーズリバタリアニズムとBLOG精神と儀礼的無関心とDOBLOG的共同体主義を読んで思ったこと。
 リバタリアンが盲目的リバタリアンを[自戒の念をこめて]批判するする記事と読んだ
直接この記事とは関係ないのだけれども、この記事を読んで常々思っていることを書く

♪グローバルvsローカル


 連想される二項対立
1.普遍と特殊[文字通り]
2.アメリカ[wasp]vsアメリカ以外の国
3.公vs私
4.世界[world]vs国[nation]
5.デカルトvsバルト
6.マクドナルドvsスターバックス
そして、ここで一番言いたい
7.「【WR】:より強い勝ち組ローカルの掟」vs「【LR】:より弱い負け組みローカルの掟」

♪共生


 【WR】と【LR】はさまざまな事柄、あらゆる場所で摩擦の種になっていて、結局は【WR】が勝つ
わたしは、【LR】な人間だが、【WR】支持である
 もちろん、【LR】な人々に対する思い遣りがない訳ではない
1.思い遣る場合
 【LR】な人が【LR】であることを自覚して、【WR】の人々を認めている場合
2.思い遣れない場合
 【LR】な人が自覚なく、【WR】を用いて都合が悪くなると【WR】を否定、批判し【LR】に閉じこもる人々

 さまざまなローカル・ルールが一つの世界で運用されているわけだから、
各個人が自分の使用しているルールを自覚して、他のルールも尊重して行動して行けば、
多少の誤解や無用の摩擦は避けられるような気がする。それに利害、利権が絡まなければの話だが

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■1/nラプソディ[アクセス解析狂騒曲]

  -- あなたは、アクセス解析する系?しない系?わたしは、オッ系!!

♪はじめに背景


 [2/11]1.記事a1:アクセス解析は、しませんを読んで、
 [2/11]2.わたしは、記事b1:アクセス解析/分析こそすべてを書いて、トラックバックした
 [2/13]3.それに対し、記事a3:「アクセス解析しません」宣言は、はた迷惑?がトラックバックされた
 [2/13]4.それに対し、私はコメントした
 [2/16]5.それに対し、記事a4:blogでのアクセス解析とセキュリティがトラックバックされた
 [2/16]6.そして、私はコメントした
 [2/16]7.そして、tsumuraさんからのコメントで一件落着した
 [2/16]8.ところが、同時にshinさんとtsumuraさんのコメントの応酬が続いた
 [2/17] この間、ElectricWombさんから
     記事c1:アクセス解析こわひのトラックバックが記事a1,a2,a3,a4にあった
 [2/19]9.そして、記事a5:「訪問者にやさしいアクセス解析」が書かれた。
 [2/19]10.それに対しshinさん、アルマさん、よとさんがコメントした
 [2/20]11.それに対する記事a6:コメントへのお返事(アクセス解析)が書かれた
 [2/20]12.この間、ElectricWombさんから、
     記事c2:解析とは物事を分析して論理的に明らかにすることのトラックバックがあった 
 [2/20]13.それを読んで、私が思っても見なかった話が展開されていたので、記事a5に対し質問のコメントをした
 [2/21]14.時を同じくして、記事a7:アクセス解析していないことを検証できない場合が書かれた

♪認識のズレ


 1.どんな読者を念頭に置いているか
  A:Aさんの知り合い、Aさんと同類のデリカシィのある人
  B:不特定多数
  C:不特定多数
  D:不特定多数
 2.アクセス解析を気にする度合い[読者として、管理者として]
  A:チョット抵抗感、データがあるといろいろ分析したくなる。職業柄
  B:気にならない、気にする。検索語とか、参照元のページとか分って面白い
  C:多分気にしていない、多分検索語等の分析をしている
  D:   同上
 3.その理由
  A:実害はないが、閲覧履歴を知られる可能性がある。だから嫌
    だからといってアクセス解析している人を否定するものではない
  B:プライバシー[貯蓄残高、病歴、クレジットカードの暗号など]が知られるわけではない
  C:アクセス解析が前提なので、「気にするしない」の視点はない[多分]
  D:   同上
 4.IPアドレスで抽出して特定の個人の閲覧履歴を読むような行為は良くないことか
  A:良くないが,どういう時にそれをするか[*1][*2]
  B: 同上
  C: 同上
  D: 同上
 5.アクセス解析がコミュニケーションの障壁となるか
  A:YES
  B:NO
  C:NO
  D:NO
 6.その理由
  A:生活パターンを詮索される可能性があるので[めったにないと思うが]、嫌
  B:そこのサイトと交流するかどうかは記事の内容であって、アクセス解析の有無ではない
  C:そこのサイトの信頼性は、アクセス解析の有無ではなく、やり取りの中から生まれる。
    リスクなくして、人間の交流はない
  D:「アクセス解析していません」は安全、安心の証明にはならない。かえって
    ソーシャルハックを助長するという、別の問題を生むだけ 

♪アクセス解析を巡って、繰り返し議論が起こる原因

  A:システムに問題   B:アクセス解析への理解のなさ   C:アクセス解析の理解と、個人の猜疑心との折り合い   D:アクセス解析の理解と、個人の猜疑心との折り合い

♪解決方法

  A:訪問者にやさしいアクセス解析[個人を特定できないコトを簡単に証明できるシステム]   B:自分で考えろ[だからこうやって、人の意見を参考にして記事を書いている]   C:アクセス解析とは別次元の問題。[コメント参照]     1)「私は解析していません」という言葉は信じることが出来ても、「解析を悪用しません」      という言葉は信じないということはネットの性質上あってはならないことな訳です     2)人間的な交流というから、偽善であるとしたのです。所謂「意識しすぎる人」を排除するつもりはありませんが、      リスクを秤に掛けたときにバランスの取れたつきあい方が出来るかどうかはその人自身の責任   D:アクセス解析が嫌という人の啓蒙     ・やっぱり at your own risk ですよねぇ。[参照]

♪総括

 これから述べることは、限りなく推測に近い暴想です。  思うに、Aさんのいう訪問者[読者]とは、実は自分が好きなな人のことを言っているのです。  それを巧みに「知り合い」或は自分と同類の「デリカシーをもった人々」に摩り替えているのです。

 いわば、好きな人に好きだといえずに[コメント、トラックバックできずに]、
 家の周りをうろちょろしている[閲覧行為]。そしてそれを知られたくない[ログの痕