[気儘に] 理性は欲望の奴隷だと思う!
「自然成長型文明に向けて」(by岡野守也)を読んで思ったこと。自らの意志で欲望を抑制するのは難しいかな、というのが私の正直な感想です。でも、著者の「欲望はもともとは節度のある自然な欲求がゆがんで肥大化したもので、治療できる」という考えには大いに学ぼうと思っています。
写真は、「ZISAMAさんの旅行記:ギアナ高地からオラ! (1)ロライマとクケナンの頂上へ」(by 旅行のクチコミサイト フォートラベル)より頂きました。
「自然成長型文明に向けて」(by岡野守也)私は、第一の人間だな。だけど、ホリエモンのように本意を達成できる人間も居れば、私のように、仕事が出来なくて(能力とヤル気の問題で)、本意を達成する代わりにウツになってしまう人間もいる。(因みに、ウツの一番酷いときは、食欲も性欲もなくなって全てのことがどうでもよくなってしまうんです。ウツというのは、究極の消極的自己防衛です。今は、ウツは脱しました。仕事をしなければウツにはなりません、私の場合。)
第一は、「欲望ははてしなく肥大するものである」という考え方です。日本の主流の本音はこれでしょう。第二は、「欲望は抑制すべきであり、理性・意思によって抑制できるんだ」という考え方です。ほとんどのエコロジー派はこれです。(中略)
第三は、これが私の考えですが、「欲望はもともとは節度のある自然な欲求がゆがんで肥大化したもので、治療できる」という考え方です。
そういう私ですから、第三の考え方は魅力です。第二の考え方には、正直ついてゆけません。他の人は知りませんが私には建前です。幸か不幸か、仕事もお金も無いので、車も持っていないし、衣食はじめモノの消費も控えめなので、環境には優しい生活をしています(税金を払ってないので、本当に優しいかどうかは追求しないで下され)。地球の環境のことを考えて、自分の欲望を抑えた結果ではありません。
他の人は知りませんがと書いてしまいましたが、やはりそれは嘘です。中には、本音でそう思い実践している人もいると思いますが、大抵の人間は私と同じ欲望の奴隷だと思います。ただ、環境に優しい生活をしている人間は、環境のことを思ってというより、環境に悪影響を与えるほどの消費能力が無いだけの結果だと思います。
だから、そういった建前(私はそう思います)を前提にしてしまうと、必ず抜け駆けする人がいて、そういった人たちが許せず、本末転倒な行動をする結果となると思われます。そういう意味では、「温室効果ガスの排出権取引ビジネス」(*1)は、人間の欲望に則った現実的な方法だなと感心してしまいました。最初は、えっ、そんなものまで取引するのか、人間の欲望はどこまで果てしないんだ、と思ったのですが、人間の欲望を自ら抑えることができない以上、人間の欲望に解決を訴える方法は賢明だなと思った次第。
だけど、「NHKスペシャル:プラネットアース第2集「淡水に命あふれる」」を観てて思ったのですが、このまま環境の悪化が進んで、あの大自然の感動的な造形(*2)が失われてしまうことを考えると、人間のこの果てしない欲望を何とか節度のある欲望に変えられたらなどと思ってしまいます。(「欲望」と「欲求」 )
まあ、私の場合は、地球の環境問題ではなく、個人的な環境問題のために、「唯識」に関心を持っているわけですが。(笑)
■註
*1:
「NHKスペシャル 同時3点ドキュメント 「煙と金と沈む島」」
*2:
「南米ギアナ高地とブラジル三大自然の旅」(by 旅の記録)
美しい大自然の写真が満載の旅の記録です。素晴らしい!
・「ギアナ高地 旅行記 徹底ガイド 」(by 旅行のクチコミサイト フォートラベル)
・「エンゼル滝」(by Flickr Photos tagged with saltoangel)
「イグアスの滝」(by Flickr Photos tagged with iguazu)
・「理性は情念の奴隷である」(ヒューム)


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