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【心と体】「わかる」とはどういうことか アハ体験のススメ

 世界一受けたい授業「茂木健一郎先生の“アハ体験のススメ”」を視た(*)。アハ体験とは「あっ、そっか!」とわかる、ひらめくことです。アルキメデスがお風呂の中で「エウレカ(Eureka)!」と叫んだアレです。分り易い例が「アハ・チェンジ」(via「お手軽「アハ体験」」(by今日の覚え書き))です。この二枚の写真の違いはなかなかわかりません。でも、わかったときは、とっても気持ちがいいです。

分からない時の「もどかしさ」が脳には非常にいいんです。脳が「アハ体験」を求めているわけです。何かを求めるというのが脳にはいい栄養になるんです。

 私は、「わかる」ということにかなり執着していて、過去いろいろなエントリでこのことに触れています(123)。「わかる」とはどういうことか*)、私の脳は「アハ体験」を求めています。ですから、なんどでもこの話題は書きます。

 茂木健一郎は、巨人の星「星飛馬」の恰好をして(巨人の星では星飛馬がアハ体験する場面が多いということらしい)、最後にこう締めくくりました。

なんで最初から気づかなかったんだろう!? 」(byシゴタノ!)
「わからない」と「わかった!」のギャップが大事。「何なんだろう?」と考えている間に脳が活性化する。(「わからない」と「わかった!」という)2つのモードを経験することが脳にとってすごく良い。
 ちなみに、
バロックの館解説」(by店主戯言(浅草的思考)桃知利男)
 「「わからない」という方法*)」((c)橋本治)を使うコンサルタントとしては、こういっていただくと助かるわけです。(笑)
 

というのもあります。ま、同じことのオルタナティブということなのかな?(笑)。アハ体験の瞬間、0.1秒ほど、脳細胞が一斉に活発化するそうです。

セレンディピティとか不確実性とか感情システムとか」(by it1127)  P54 絵が何であるか分った瞬間、脳の中の神経細胞が一斉に活動する。この現象は、「ひらめき」の脳内メカニズムを考える上で重要なヒントを提供する。どうやら、多くの神経細胞の連係プレイが私たちのきらめきを支えているようなのである。
 
あすへの話題 ニュートンの「アハ!」体験」(by茂木健一郎)  「アハ!」体験を生み出す脳のメカニズムは、「一発学習」とも呼ばれる。一度気付けば、もう二度と忘れることがないので、「一発」で完結する「学習」だとされる。  一発学習に関する研究によると、「アハ!」と気付いた時、脳の中では0.1秒ほどの短い時間、神経細胞が一斉に活動するらしい。この活動の結果、神経細胞の間の結合が強められ、一瞬で学習が完結するのである。
 

いうことで、これは脳にはとても良いことで、創造性に直結しているわけです。これが天才ともなると、大発見、大発明につながっていくわけです。ロジャー・ペンローズ教授は、著作『皇帝の新しい心』の中で、人間の創造性について、「新しいものを生み出すことは、何かを思い出すことに似ている」と書いているそうです(*1)。これは、プラトンが「発見とは「思い出すこと」」と言ったことを想起させます(*)。

知りうることの縁(へり)」(by bleakground)
 「知らないことをどうして探索できるのか」というメノンのパラドックスに対して、プラトンは「想起説」をかかげる。知らないことはすべて、すでに魂が前世の輪廻において経験した事柄であり、私たちはそれを忘れているに過ぎない、と。(中略) 
 生態心理学(*)者ならば、知りうることには「縁」があり、生物は縁に向けて「行為」することができると言うかもしれない。私たちは、扉の後ろ側に歩いていくことができる。それは、ランダムな「試行錯誤」ではない。生物は試行錯誤しない。試行錯誤とは別のやり方で、縁の出来事が記述されなくてはならない。
    

「わかる」サイトのデザインとは」(by Media Aesthetics メディア美学)  『「わかる」ということの意味(*)』(岩波書店)の中で、著者の佐伯胖氏は次のように述べる。  「ただ、私たちが、何かこれまでとは一見異なる新しい経験をするとき、『これはいったい何だろう』とか、『どう対処したらいいのか』とか、ともかく『わからない』状況にいったん追いこまれます。そのときに、あれこれ試みる中で、『なんだ、これはアノことと結局は同じじゃないか』ということが『わかる』のです。」
 

アーサー・ケストラーは著書「ホロン革命」の中で、創造性について、ベルクソン「笑い」を引用して、喜劇・笑い(Haha) 、科学(Aha) 、芸 術(Ah・・・) について考察しています(*)。また、アンリ・ポアンカレを引き合いに、創造性について語っています。


鏡の伝説(十)」(by it1127)
 ポアンカレは、彼の発見はこのように頭のなかのモヤモヤしたものがしだいに大きくなってきて、それが突然秩序立ってスッキリする、という形式で起こったと述べました。そして、そのようなことが別の折にもあったそうです。ある問題が解けずにむしゃくしゃしていたので、二、三日、海にいって別のことを考えていたそうです。朝、岬を散歩していたら、突然、またひらめいたのです。一瞬のうちに、間違いないと確信できるような答えが頭に浮かんできたのです。ポアンカレは、これ以上話を進めませんでしたが、彼の体験は、創造性とは何かという問題に重要なヒントを与えてくれました。

 アーサー・ケストラーは、『創造活動』という本の中で、ポアンカレの体験したようなひらめきは、別の座標系にある二つのものを連結するようなプロセスである、と述べています。このひらめきの典型的な例として、有名なアルキメデスの話を引用しています。アルキメデスは、王様の冠に含まれる金の量を冠を溶かさずに調べるよう命令されました。アルキメデスは風呂の水位がちょうど身体の体積分だけ高くなることを見て、冠を溶かさず体積を測れることを瞬間的に悟り、「エウレカ(わかったぞ)」と叫んだのです。ケストラーによれば、アルキメデスは、測定の問題と風呂という二つの全く異なった世界のものを直感的に結びつけることによって、見事に問題を解くことができたのです。ポアンカレのひらめきの場合も、問題を見る視点を換えることによって瞬間的に答えが得られたのだろう、とケストラーは推測しています。

 ケストラーは、創造活動の根本は、このように異なるものを結びつけることにあると考えています。心理学的な位相空間とでも呼ぶべき空間を導入すると、彼の主張をわかりやすく説明することができます。図P-2は、ある問題を一生懸命解こうとしている頭の中の様子を表現しています。出発点であるSは、ある種のアトラクターになっています。答を求めようと頑張ることによって頭の中の状態はアトラクターから離れます。しかし、せっかくアトラクターから離れても、リミットサイクルのようにまたもとのアトラクターに戻ってしまい、なかなか考えに進展がない状態を表しています。問題の種類にもよりますが、このようにいくら頑張ってもその空間の中には答えが存在せず、ただ堂々巡りをしているだけであるという思考状態はよくあります(12)。

 問題が解けないことによって欲求不満が高まってくると、頭の中の状態の軌道が乱れ混沌とした状態になる、とケストラーは考えています。そして、ある臨界点にまで達すると、ほんのちょっとした情報や日頃見慣れた出来事(風呂の水位が上がること)などが著しく増幅されて、いままでの思考空間から離れて新しい空間に入り込むことができるようになるのです。そして、その新しい空間の中に求めていた答えがあるのです。

ソリトン・非線形のふしぎ」(by松岡正剛の千夜千冊)  静かな小川に石を投げると、流れには大きな変化はおこらない。この石が落ちた点をアトラクターという。少し流れが速い小川であると、そこに小さな渦がおこる。これはリミットサイクルというもので、静かな小川のときは一点のアトラクターだったものが、変化して渦状のリミットサイクルになったわけである。これはアトラクターが点から円に変わったわけで、その変わり目にはなんらかの臨界点があるとおもわれる。これをホップ分岐というのだが、この変化こそレオナルド・ダ・ヴィンチが夢中になった現象だった。

■ストレンジアトラクタ
フラクタルとカオスの館」 <- いくら遊んでも飽きません

 ・「ローレンツの写像
 ・「ローレンツアトラクタ(係数可変・マウスによる3D回転版)
 ・「レスラーアトラクタ(3D回転版)

ということで、少しは霧が晴れたような希ガス!何かあれば、また加筆します。02/06 16:46

追記:02/13
・「批評と教養」(by店主戯言(浅草的思考)060102 桃知利男 建設業に貢献するIT化&考える技術!)参照リンクありがとうございます。
 感想ですか?えへへ、、、しっかり勉強します(笑)。

追記:02/28
・「思考をつかさどる陰の立役者 グリア細胞」(by it1127)

あるシステムを理解できたということは、そのシステムを人工的に構築できるということである。
■註
*1:・「脳の中の人生」(茂木 健一郎 (著)) P32 

■関連ページ&サイト
・「ソリトン・非線形のふしぎ」(by松岡正剛の千夜千冊)
・「<ストレインジアトラクター>」(byカオスとフラクタルof PuzzleRings会計税務情報)
・「トッシング・コインかジャンケンか」(by it1127)
・「笑い」(by it1127)
・「AHA!体験:茂木健一郎」(by double face-d )
・「お手軽「アハ体験」」(by今日の覚え書き)
・「あすへの話題 ニュートンの「アハ!」体験」(by茂木健一郎)
・「なんで最初から気づかなかったんだろう!? 」(byシゴタノ!)
・「「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学」(by橋本大也)
・「わかった!エウリカ(Eureka)」(by it1127)

■文献
・「畑村式「わかる」技術」(畑村 洋太郎 (著))
・「「わかる」とは何か」(長尾 真 (著))
コメント・書評 [オンライン書店ビーケーワン:「わかる」とは何か「科学技術と「わかる」こと」]
科学技術と「わかる」こと
メル
2001/03/04 13:07:00 評価 ( ★マーク )
★★★★
「わかる」とは、どのような状態のことをいうのか。普段、何気なく「わかった」と口にするが、私たちの中に、その時何が起こっているのだろうか?
 この本のなかで、「理解できた」と「わかった!」という感覚の違いを説明している。「理解できた」とは、他人から説明をうけて、それを論理的に受け止め自分の中の知識とうまくかみ合った時に「理解できた」となる。一方、「わかった!」とは、どのような感覚か。
 それは、こう説明している。話題になっていることの知識は、自分のなかにある。しかし、その知識ではその話題を解釈できない。しかし、なんらかのヒントをもらったら、その話題に関して解釈することが出来た。このとき、「わかった!」となるという。つまり、「わかった!」とは、何らかの新しい知識を得たのではなくて、自分の持っている知識を使って、物事を解釈できた時のことだ。そして、この「わかる」には3つのレベルがあると言う。
 
「第一のレベルは、言葉の範囲内で理解することであり、第二のレベルは、文が述べている対象世界との関係で理解することであり、さらには第三のレベルとして、自分の知識と経験、感覚に照らして理解すること(いわゆる身体でわかる)というレベルを設定することが必要であろう。」(116p)
 
 どうやら、著者は現代の科学技術が高度に進歩し、多岐にわたる専門化によって、どんどんと人から離れていっていることを危惧しているらしい。したがって、この第三のレベルでの「わかる」が大切になる。ある事象に関して、論理的に説明されその知識を豊富に得ても、どうしても腑に落ちないことがある。理解しているはずなのに、どうしてか。それは、この「わかる」という状態、もっと正確には身体で「わかった」という段階になっていないからだ。したがって、臓器判定や脳死移植など、その知識をただ患者や関係者に説明しただけでは足りなくて、一般人も理解しようという努力も必要だが、それ以上に専門家はこの「わかる」という段階まで、一般人に説明を行わなければならないのだろう。
 科学では、論理や根拠というものを非常に重視する。そうして、物事を客観的に正確に理解しようと努める。しかしながら、同時に人間にはそうした理解を超えて、宗教的な信心みたいなものも必要なのかもしれない。この身体で「わかる」ということは、論理も客観的な根拠も超えてしまっているのではないかと思う。ただ、最後にはこうした身体で「わかる」=信じるということが出来なければ、科学は一人歩きし、ますます人間から離れていってしまうのかもしれない。

・「「わかる」ということの意味」(佐伯 胖 (著))
・「「わからない」という方法」(橋本治(著))
[無知の知](by quimitoの本箱)
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 自分にとって知とは何だろう、と考えたことのない人にとって、この本を理解するのはむつかしい。なぜなら、この本は橋本治という作家の身体の知について書かれているからだ。

「自分の身体は頭がいい」と思っている。私は自分の脳はあまり信用していないが、自分の身体性だけは、全面的に信用しているのである。
 どうして自分のからだが信用できるのか。それをセーターの本を作ったときの話、ドラマを作ったときの話、枕草子を訳したときの話で説明している。彼にとって大切なものは、身体と経験と友人なのである。

身体とは「思考の基盤」で、経験とは「蓄えられた思考のデータ」で、友人とは「思考の結果を検証するもの」である。身体と経験と友人の使いようが、「わからない」を「方法」にする
 脳みその優位性を否定するところは、養老孟司と同じ。問題は、どうやってそういうからだを育てるかだ。そのあたりは、鳥山敏子に聞いてみようか。

・「「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学」(山鳥 重 (著))
02年5月Science Book Review」(by森山和道)
「わかる」とはどういうことなのだろうか。言語の研究者が、認識の仕組みを探る。文章はやさしい。
われわれの心は、客観的事実ではなく、心像しか扱えない。心像というよりもメンタルイメージといったほうが分かりやすいかもしれない。いわば主観的な現象、心の中での思考のことだ。心の中で思い浮かべることができるものだ。客観的事実は心がなくても存在する。

では心像はどのようにして獲得されるのか。知覚を通してだ。知覚の重要な働きとは何か。違いを見出すことだ。区別し、同定していく。それが知覚の働きだ。さらに人間は、言葉を手に入れたことで、外にある実在の物体や運動のパターン、自分の心の状態などを記号化できるようになった。記号と記憶を照らし合わせることで、物事の理解が進んでいく。知らないことは分からない。わかることの第一歩は、まず言葉の正確な意味理解だと著者は言う。

さらに人間は、見かけの裏に隠れた事実を見出すこともできるようになった。たとえば太陽は東から昇って西へ沈むように見えるが、それは事実の一端であって全部ではない。実際には地球が自転しているから、そういう見かけの現象が起きるのである。見かけの裏のからくりまで理解すると、本当にわかった感じがする。

感じがする、というところがポイントだ。「わかる」ということは感情である、という。単なる手順を踏んで答えを出しても「わかった」気にはなれない。「わかった」体験は経験の一つのありようであって、事実や真理を知ることとイコールではない。

ではどんなときに「わかった!」と感じられるのだろうか。著者は新たなルールを発見でき、そこに新たな意味が見いだせたときだという。そして客観的データや数字の場合であれば、自分の操作出来る心像に置き換えられたときだという。東京ドーム○杯分、というあれだ。ある心理的事柄と、ほかの心理的事柄とが関係づけられ、新しい意味が生成されたとき、「わかった」と感じられるのだというのである。そうして秩序が生まれたとき、心はわかったと感じ、同時にそれに快感を覚えるのだと。

わかるためには知識の網の目が必要だ。でないと繋がりなど生まれようがない。また著者は「わかるとは運動化できること」だという。運動化のなかには、話すこと書くこと描くことが含まれる。要するに外に出して表現できることだ。そこまでイメージを明確化できることが「わかる」ということだという。表現できないのは、単に一時的に「わかった」と思ったに過ぎない。わかったように思っていたけど実はあんまり分かってなかったことが、人に話すとわかってしまうことがある。そういうことだ。

要するに、わかるとは、自分の心のなかにあるモデルを構築できることだと著者は言いたいらしい。他者との理解においても、要するに自分の心のなかに相手のモデルを作り、そこに相手の主張なり考え方なりを重ね合わせて、我々は理解している。外界にしか答えがない、たとえば自然科学的な物事の探索にしても、結局は自分の心のなかにモデルを構築し、それを発見と照らし合わせて検証していくわけだ。世界の中で生きていくこととは、絶えず自分の心の中にモデルを構築し続けていくことなのかもしれない。

なんだかこの文章はわけがわからなくなってしまったが、本書そのものは例などをひきながら丁寧に書かれている。直接めくってもらったほうがいいだろう。

■メモ
・「「はなし」の社会的背景」(by加藤秀俊 著作データベース)
「はなし」の社会的背景
発行年月: 19670804
掲載  : (現代の教養10)これからの日本語
発行元 : 筑摩書房
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 コミュニケイションを要請するもの

 アメリカという国は、考えれば考えるほど不思議な国である。とにかく、民族的に、世界中のあらゆる民族が、なんとなくよりあつまってでき上がった国なのだ。本来は、「合州国」であるのを、いつの間にか日本人が「合衆国」というふうに書きかえてしまったのも大いに無理からぬことなのである。

 もちろん、建国以来、すでに二百年の歴史は経過した。だから、それはすでにたんなるよせあつめではなく、いちおうカチンとまとまった「アメリカ文化」、あるいは「アメリカ人」を形成しているようには見える。だが、人間と生活のスタイルの雑多さの伝統は、こんにちもなお残っている。いや、その伝統こそがアメリカ文化なるものの本質でさえある。むかしにくらべれば、お話にならないほど少人数に制限されているけれど、アメリカ社会は、毎年、あたらしい移民を迎えいれているし、また、こうした新移民、旧移民とその子孫たちをふくめてのアメリカ人のあいだでは、日本やヨーロッパのような歴史社会にくらべて、地縁、血縁に根ざす村落共同体的な人間のキズナはおそろしく希薄だ。すべての人間は、全くのアカの他人として、まず存在する。

 ウォルフェンシュタインとライツによれば、アメリカ映画では登場する人物たちは、何のキズナももっていないのが特徴である。登場する青年男女は、ひょこりとどこからかあらわれるのであって、彼らの親や兄弟は滅多に画面に登場しない。いや、親兄弟があるかどうかも疑わしいほど彼らは自由にふるまう。フランス映画やイギリス映画では、こうした肉親のキズナが青年たちにつきまとうのだが、アメリカ映画にはさっぱりそれがないのである。ほんとうにひょっこりと、人物たちはバラバラにあらわれ、そのバラバラの人物たちが偶然のチャンスで、-たとえばバスがゆれて、そのはずみで青年が娘を抱くような格好になってしまう-知合いになる。アメリカという社会は、いわば、他人どうしの社会をタテマエとしているのである。どこの誰ともわからな人間たちにとりかこまれた生活。それがアメリカの生活の基底部分にある。

 アメリカで展開したあたらしい種類の文学、すなわち、ハード・ボイルド派の探偵小説というのはこの意味で象徴的である。イギリス産の、伝統的な、いわゆる「本格派」推理小説では、イングランドの一小地方での殺人事件が問題となる。そこでは探偵-たとえばエルキュール・ポアロ-が吟味する、事件の関係者たちは、地縁・血縁といったキズナでつながった人物たちだけだ。彼らは、互いに、むかしからの顔ナジミであり、彼らをつなぐ鎖のよじれがとけさえすれば、それで殺人事件は解決したも同然なのである。

 ところが、ハード・ボイルド派の探偵たちには、こうしたキッチリした人間関係の網の目はあたえらっれていない。たとえば、チャンドラーえがくところの探偵、フィリップ・マーロウである。マーロウは、暗い裏町で何者とも知れぬ人物に、突然頭をなぐられて失心する。そうかと思うと、彼のところには、住所も名まえも告げぬ依頼人から電話がかかる。何のたれがしという固有名詞はマーロウの手帳にはない。あるのは非情な数字-電話番号-だけである。かれはその番号の電話に出る男と話す。しかし、その男の名前をかれは知らない。えたいの知れない人間どうしが、ちょうど歌舞伎の「だんまり」のように、手さぐりで行動するのだ。マーロウは、このえたいの知れない人間たちにそなえて、拳銃を枕の下にしのばせて、毎晩をすごす。こういう社会で生きてゆくために、人間はいったいどのようなことを必要とするか。それは、おそらく、知らない者どうしが、知合い、わかり合おう、という努力である。アメリカ社会での所与は、バラバラの人間たちである。この人間たちは、何らかの方法で知合いになり、キズナをつくらなければならない。お互い、とにかく話してみなければわからないのである。バラバラの人間はコミュニケイトし合うことを要求されるのだ。

 話さなければわからない

 このことが、アメリカ人のなかに、ひとつの風習をそだてた。見知らぬ人(stranger)をできるだけ早く、知合い(acquaintance)にするという風習がそれである。西部劇では、たとえば荒野のまんなかで出会ったふたりの「見知らぬ人」は、互いに声をかけ、名のり合う。そして、互いに名前をあきらかにし合い、握手することで、彼らはすでに「知合い」になる。知らない者どうしが、知らないままでいることは、アメリカ人に不安をあたえるのである。

 この風習が制度化されたものとして、われわれはアメリカ社会でのカクテル・パーティというものを考えることができる。パーティの主人は、そこにあつまる人びとをつぎからつぎへと紹介し、ついさっきまで「見知らぬ人」であった人物を「知合い」にさせることで忙殺される。招待された人間たちは、マーティニのグラスを片手にはじめからおわりまで握手の連続だ。かくしてカクテル・パーティは、バラバラの人間、見知らぬ人間という原料を、握手をつうじて「知合い」ないし「友人」-アメリカ人は何と気軽に、しばしば友人(friend)ということばを使うことか-という製品につくる大量生産工場という側面をもつのである。

 話さなければわからない、話すことでわかり合える、そして、話すことはいいことだ、こうした一連の哲学は右のようなアメリカ社会文化的条件を背景にして展開した。アメリカ人が、-日本の基準に照らして-おそろしく気楽に人とおしゃべりを開始し、大いにズケズケとものを言うのは、おそらくこの点とかかわり合っている。コミュニケイション学がアメリカで発達したのも、わたしの考えでは、多分に、アメリカの社会的現実がコミュニケイションを要求していたからなのである。歴史的・人間的所与が、バラバラの他人なのだから、コミュニケイションは、生きてゆくためのもっとも重要な技術なのだ。

 村落共同体的所与

 ところで、こうしたアメリカ社会でのコミュニケイションと対照してみるとき、日本の文化的事情はかなりことなった所与を背景においている。ひとことでいえば、アメリカの「話さなければわからない」という思想に対して、日本は「話さなくてもわかる」という原則から、コミュニケイションは展開した。

 この点については、すでに、柳田国男氏がその「世間話の研究」でおどろくほど示唆にとむ見解をのこしている。

 日本という国は、そもそも小さな村落共同体をスタートにしてでき上がった。山が多く川が入りくんでいるから、村落は、あまり大きなものにならなかったし、また大きくなる必要もなかった。せいぜい五十戸から百戸の小さなあつまり、そこで、人間は生まれ、死んでいったのである。こんな小社会では、人間どうしは、いちいち、あれをこうして下さい、これをああして下さい、など文法規則にのっとったコミュニケイションを必要とはしない。なにしろ、生れたときから毎日顔をあわせている人間どうしなのである。フッと相手の顔つきを見ただけで、見知りごしの人間どうしは、わかり合ってしまえるのだ。言わないでもわかることを、わざわざ言うのはムダなことだ。ムダなことはやめたほうがよろしい。言わないですむことは言うに及ばないのである。

 話さないでもわかるという村落共同体的所与は、逆にいえば言語生活というものをあまり発達させなかったのかもしれぬ。おなじく柳田国男氏の「涕泣史談」によれば、つい数十年のむかしまで、村の生活者は、よく泣いた。大の男が手放しで泣いた。じぶんのうれしさ、悲しさを表現する方法としてのコトバをあまり知らなかったからである。村の生活では、コトバはあまり必要でなかった。必要でなかったから、アメリカ流のコミュニケイションとは全く無縁に、ほとんどまとまったセンテンスをも語ることなく、静かに一生をおえる人がむしろ大多数なのであった。無口なのは、口をきく必要がなかったからであって、日本人がわかり合うことをおろそかにしていたからではない。赤の他人どうしなら、ことこまかにイロハからはじめて大いにおしゃべりをしなければならないだろうが、生れながらの知合いには、おしゃべりは必要ではない。必要でないことをしゃべるのは、ムダなことではないか。

 こうした事情から、日本のコミュニケイションは、アメリカ的コミュニケイションとかなりちがった進化をたどることになる。第一にあげるべきは、コミュニケイションの実用ばなれ、とでも呼ぶべき傾向だ。庶民の日常の、実用的なコミュニケイションは、すでに書いたように、いちいちコトバを使うには及ばない。そこで、シンボリズムは、情報的というよりも、むしろ美的な展開をみせる。すくなくとも美学からはなれた純粋の実用コミュニケイションは、こんにちのわれわれにとっても大へんむつかしい。

 たとえば、徹頭徹尾事務的な商業文をわれわれは書くことができない。「時下ご清祥の段」とか「向寒のミギリ」とか、美的なまえ書きのあと、「さて」とおもむろに用件にはいらないことには格好がつかないのである。用件そのものズバリで書き出すことは、われわれにとって大きな抵抗を感じさせるのだ。

 たんに実用ばなれ、というだけではない。そもそもまえにのべたような事情から、コトバを使うことじしんを拒否した沈黙の美学も日本では成立した。言わず語らずの世界に意味をあたえ、またそこから意味を吸収する方法。コトバを媒介にしない、直観的な認識力。それをわれわれはそだててきたのである。アメリカのカクテル・パーティと対照的に、たとえば日本の茶の湯は、コトバを使わずに人間どうしを接近させる。茶室にしずかに聞える釜の湯の音、ほとんど無言でまわされる茶わん。おなし茶わんの、おなし感触が客たちの共有物になることで、日本の社交は成立する。カクテル・パーティはコトバによる最大限のコミュニケイションをこころみ、お茶はコトバによらない最大限のコミュニケイションをこころみる。話さなければわからないという信念と、話さないでもわかるという信念のはっきりした対照をわれわれはそこにみないわけにはゆかないのだ。

 日本のコミュニケイション的伝統というのは、まさにこうしたものなのである。論理学と文法規則を土台にした「AはBである」式の明せきなコトバによるコミュニケイションよりも、むしろ、直観と、美的認識を土台においた感性のコミュニケイションが、われわれの文化では基調になっているのである。河原で拾った石、枝をたわめた松の木、中空にかかる月、こうした自然の素材をシンボル化することにおいて、日本人はまれな才能をもつ。そのシンボリズムは、西洋のロゴス思想の枠をはみ出すことおびただしいのだ。

 沈黙を支配するもの

 ところで、日本におけるコミュニケイションは、まさしく右のような文化的条件をそなえているのだが、いうまでもなく、こんにちの日本はすでに村落共同体的な日本ではない。おどろくべきスピードで進行してきた都市化、人口の移動。もはや、話さないでもわかる、などとのんきなことは言っていられなくなった。生れながらの顔見知りのつき合い、それは、都会生活のなかでは消滅した。まさに「秋深し、トナリは何をする人ぞ」なのであって、たとえば電車でとなり合った人、街頭ですれちがった人、は全くの他人なのである。いいかえれば、都市化の進行にともなって、まえにのべたようなアメリカ的状況が、いまわれわれのあいだに出現しつつあるのだ。「話さなければわからない」状況になりつつあるのだ。

 だが、はたして、「話さなければわからない」哲学にわれわれがスイッチを切りかえているか、といえばけっしてそうではない。依然として、現象的には、われわれはおおむね無口である。満員電車で足をふまれても、だまっている。食堂でウェイトレスが料理をはこんできても、ありがとうともいわず、だまっている。たいていのばあいわれわれは口をひらかないのだ。

 あるいは、日本におけるもろもろの「会議」を思い出してもいい。会議の座長や進行係は、その役割上、開会を宣言し、議題を報告し、趣旨を説明する。しかし、その報告がおわって、「ご質問は」ということになると、誰もなにもいわない。石のように押しだまっているのである。やむをえず、司会者が指名して、「ご意見を」というと、こちらもやむをえず立ち上がって、「結構でございます」などという。何が結構なのか、わかりはしない。

 いったいこれはどうしたことか。「話さないでもわかる」という伝統がすでに道徳と化して、話すことは、はしたないことだ、という考えが深くしみついているからだろうか。あるいは、「話さないでもわかる」から「話さなければわからない」への移行がギクシャクとして、おもはゆいからなのだろうか。そのいずれも、こんにちのわれわれの沈黙の原因ではあろう。しかし、それよりもさらに強く、もうひとつべつな原因がわれわれの沈黙を支配しているようにわたしは思う。

 それは、「話してもわからない」という考えだ。話してわかるなら、努力して話しもしよう、しかし、どうせわからないことを話したってムダじゃないか、そういう考えがわれわれのあいだに存在しているのである。話しがムダなだけならまだいい。多くのばあい、それはムダなだけではなく、ソンなことにもなりかねない。たとえば、前記の会議であるが、指名されて、「結構でございます」というかわりに、滔々とじぶんの所感などのべたら、あとでどんなことになるかわからない。賛成にしろ、反対にしろ、じぶんの立場がはっきりしてしまう。はっきりしたら、そのとたんに反対派から、攻撃目標としてマークされてしまうではないか。だから、堅実なる出世と保身をはかるホワイト・カラーは、「結構でございます」というアイマイなコトバ以外は口にすべきでないのだ。

 さて「話してもわからない」という哲学は、「話せばわかる」というコミュニケイションの哲学の対極である。いったい、どこからこんな考えがうまれてきたのか。わたしは、まえに「話さなければわからない」アメリカ哲学と、「話さないでもわかる」日本哲学の対照を論じてきた。しかし、その祭「わかる」ということの意味を、ややルーズにとり扱ってきたように思う。「話してもわからない」という考えの根源は、おそらくこの「わかる」ということの意味を吟味することからあきらかになる。

 われわれが、話してもわからない、ムダだ、というとき、われわれ日本人の念頭にあるのは、完全な、全人格的理解ということなのではあるまいか。「話さないでもわかる」ときのわかり方は、まさにそのようなものであった。相手の考えだけでなく、相手の態度、感じ方それらすべてについて-つまり、相手の全人格について-完全に同一化できるような状態、これが日本における「わかる」ということの意味なのである。完全に相手と密着しない部分的理解、それは、われわれの「わかる」という概念を満足させるものではない。ひとことでいえば、「わかる」ことについて、われわれは完全主義者でありすぎるのではないか。全人格的理解以外の部分的理解は、「わからない」の部類にぞくするのである。

 アメリカ流の「話さなければわからない」のばあい、「わかる」というのは、つねに部分的理解を意味している。相手方は、コミュニケイションによって、つねにその一部分だけをあきらかにするので、全人格的理解など思いもよらぬ。だが、ほんの少しでもわかれば、ぜんぜんわからないよりいいではないかと、アメリカ哲学は考える。「わかる」ということについて、アメリカ哲学は不完全主義を前提としているのだ。

 わかり方が完全でないから、われわれは話してもムダだ、という。つまり、われわれのあいだには、言わず語らずのうちにツーカーとつうじる完全コミュニケイションか、しからずんば、話したってムダだ、という完全ディスコミュニケイションか、という二分法が成立しているのだ。わからない部分をのこしながらも、少しずつわかるという、コミュニケイション、ディスコミュニケイションの共存を前提としたアメリカ流のコミュニケイション観はそこでは中途半端な、ムダなものとしてしか取扱われない。中途半端なわかり方をするくらいなら(あるいはされるくらいなら)だまっていたほうがいい、われわれはそう考えるのである。

 欲求不満をどうするか

 そんなわけで、われわれはあまり話しをしない。よほどのことがないかぎり口をひらかない。なまじ下手に口をひらいたって、結果はムダでソンなのである。無口にかまえるにこしたことはない。

 しかし、兼好法師ではないが、ものを言わないでいるのは「腹ふくるるわざ」である。言いたいことがいっぱいあるのに、言わないでいると、少なからずイライラしてくるものなのだ。こうしたコミュニケイションの欲求不満をわれわれはどう処理しているか。

 第一に、もっともよく使われるのはセルフ・コミュニケイション、つまり自分じしんとの対話である。たとえば「日記」という方法。わたしの知るかぎり、日本人は、たいへんな日記民族だ。正月三日間だけつけて、あとはブランクという、飽きっぽい人々もないではないが、これだけたくさんの人が日記をつけている国は世界じゅう他に例をみないのではないか。そして、日記帳発行にほとんど専業の出版社があるのも日本だけではないか。ひとに話す機会を失った心は、日記のうえの文字というかたちで投影される。ああもいいたい、こうもいいたい、いろんないいたいことだの、弁解だのをわれわれは日記に書きのこす。そして書くことで、いつしかコミュニケイションの欲求不満を解消しているのである。さいきんでこそ、学校や企業のカウンセラー・システムは利用者がふえたけれども、発足当時は、助言や相談をもちこむ人は少なかった。助言をもとめたって、全人格的に理解してもらうことはできない。それならむしろ、ひとりで日記をつけたほうがいい、そんなふうにわれわれは考え、行動してしまうのだ。

 第二に、本来話さないでもわかり合える仲間とのムダ話。まえにわたしは村落共同体のなかでは、話さないでもピタリとコミュニケイションができ上がった、と書いたが、このコミュニケイション・システムは、われわれ日本人のコミュニケイション習慣のふるさとである。われわれは、そのふるさとのシステムをいつも作ろうとこころみる。つまり、話さないでもわかるような、せまくて深いつき合いの仲間をつくるのである。職場で、地域社会で、われわれはたいていこういう仲間と村落をつくっているのだ。こういう仲間とは、自明の理由から、ほとんど口をきかなくてもコミュニケイションは成立している。相手が何を考えているかおよそ察しがつく。しかし、こういう本来、コミュニケイションを必要としない相手に限って、お互いにたいへんなおしゃべりになる。誘い合い、求め合って、酒をのみ、言わなくてもわかっていることをくどくどくりかえす。まさにそれは、不要の、ムダ話しだ。日記とおなじく、このムダ話も、欲求不満の処理ルートなのだろう。「まあきいてくれ」、「わかった、わかった」と肩をたたきあい、背広を着た都会の村人たちは腹にたまった、いいたいことを発散させるのである。

 第三は、ケンカ。電車のなかや、劇場で、われわれはしばしば足をふんだとか、押したとかいうのでケンカをはじめる。しかし、このケンカが突如として発生するのがおもしろい。足をふんだ当人が、ひとこと「ごめんなさい」といえばべつに問題にならないのだが、ふんだほうもふまれたほうも、無愛想にだまっている。だまっていて、もういちどふまれると、こんどは直接の物理行動だ。ものも言わず、いきなりポカリとなぐるのである。何かの本でよんだおぼえがあるが、ケンカというのは、シンボリックな段階から物理的段階にいたる、二、三の段階をふくむのが正常なのだそうだ。まず、コトバによるののしり合い-。それから、威嚇の姿勢、そして、さいごに、なぐり合い。

 ところが、わたしの知るかぎり、この段階をふまずに、いきなりなぐり合いになるケンカの発生率が日本の大都市にはかなり多い。つまり、シンボリックなエネルギー-言いたい、話したい、という蓄積エネルギー-は、しばしば物理的エネルギーに転化してしまうのである。これもまた、「はなし」の欲求不満を処理するルートのひとつなのだ。

 以上を要約すれば、われわれは、コミュニケイションについて完全主義者であるがゆえに、話さない、そして、その話さないこと-沈黙-をどうにか処理するために、すくなからず自慰的な処理場をくふうしている。童話の「王さまの耳はロバの耳」のように、あまり効率のよくないところに「はなし」を廃棄しているのである。どうしたら、この沈黙が破れるか。われわれはそれをこれから考えなければならない。だが、その祭にひとつ注意しておくべきことは、アメリカ流のコミュニケイション哲学がそのままスッポリと日本の文化的土壌にはまりこむことはむつかしい、ということである。コミュニケイションの存在のしかた、コミュニケイション観というのはかならずしも普遍的な妥当性をもつものではない。わたしは大ざっぱなやり方ではあったが、比較コミュニケイションという視点から、われわれが日本のコミュニケイションについて考えるばあいのスタート・ラインのありかを、もういちど考えなおしてみたかったのである。

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Comments

double face-d さん こんにちは。素敵なコメント、それから熟読ありがとうございます(笑)。
>普段日常にちりばめられている、わかった!瞬間
そうなんですよね、でも、忙しい日常を生きていると、ついその瞬間を見逃しがちなのも事実だと思います。ですから、double face-dさん のように、日常の小さな出来事に、奇跡的な、神々しさを感じられるということは、素晴らしいことだと思います。それが心の豊かさなのだと思います。まさに、「幸運は準備された心にやってくる」(パスツール)って感じ(笑)
http://it1127.cocolog-nifty.com/it1127/2005/12/post_fb04.html#chance

私も、そういう意味では、このブログ自体が「アハ体験」を求めて書いているようなものです。アルキメデスみたいに「わかった!エウリカ(Eureka)」と宙に向かって叫んでみたいです(笑)。

また、人間は「アハ体験」をしたいために、喜劇・笑い(Haha) 科学(Aha) 芸 術(Ah・・・) などを産んだのかもしれません。だったら、遠慮せずに、じゃんじゃん「アハ体験」して人生楽しみましょう、ってことですよね。これからも「アハ体験」追求していきたいと思います(笑)。

Posted by: it1127 | 2006.02.07 at 15:28

こんにちは!TB&コメントありがとうございます!
すごい・・・詳しく興味深い考察。
じっくり読ませていただきました。わかるとはどういうことか。
普段日常にちりばめられている、わかった!瞬間。こうして深く分析すると、全てがなにか奇跡的な、神々しい感じがしますね。そういう風に感じることもきっとアハ体験なのだろうと思います。

Posted by: double face-d | 2006.02.07 at 11:38

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Tracked on 2006.02.07 at 11:36

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