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■銀の皿にジャガイモ

 前回の記事で、m_um_uさんから頂いたコメントの返事を書こうとあれこれ思案していたら、「本物、一流、最高を知る」について、頭の中ではそう思っているけど、実践がサッパリじゃん、ってことに気がついたので、反省がてら、その辺の事情について思いを巡らしみようと思う。

趣味というものは、中級品ではなく、最も優秀なものに接することによってのみつくられるからなのだ。だから、最高の作品しか君には見せない。君が、自分の趣味をちゃんと確立すれば、ほかのものを判定する尺度を持ったことになり、ほかのものを過大でなく、正当に評価するようになるだろう(ゲーテ)
 一流に接していると自然と「ものを見る目、聴く耳」が肥え、ものの良し悪しが分る、すなわち違いが分る人間になって、つまらぬものに時間と金を注ぎ込むことがなくなって、より豊かな人間になれるってことだと思う。これだけ、種種雑多、玉石混交の情報が溢れる昨今であるから、その中から良いものを映し出すのに「手鏡」は必要だ。「手鏡」というと最近では特別な意味合い(参考)を帯びてしまって(手鏡もいい迷惑だと思う)が、ここでは、「判断基準」普通の言葉で言えば「物差し、尺度、相場」を意味する。だったら、最初っからそういえばいいのだが、いまや「手鏡」の方がインパクトがあるので、「手鏡」を使う。

 ゲーテ君は、歪んでない洗練された「手鏡」を手にする、すなわちセンスを磨くには「古典」に接するのが一番、といっています。だけどぼくは「古典」については、学校の歴史の教科書で習った名前と作品名しか知らないんだよね。内容も最近目に付くダイジェスト本や、せいぜい若い学者が自分の勉強の成果を披露しているような紹介・解説本、その程度の二番三番煎じの知識でしかないんだよね。いまさらゲーテやシェークスピアを原著で読むなんて無理でしょ。専門学者じゃないんだから。でも、訳本、日本の古典本、音楽、美術とかは、事前の準備がなくても、接することは出来るな。

 でも、風潮として、「文学、音楽、美術の良い悪いってなにさ?」って言われてしまいそう。「主観に良い悪いが、あんのかよぉ!てめーが、好きだからって、好きと良いをごっちゃにすんな!」などと怒られてしまいそうです。この間もモー娘。/ミスチル論争?ありましたね。クラッシック/ポップス論争?とかいろいろありそうです。好き嫌い/良し悪し。主観的でしかないものを良し悪しで語るのはおかしい、好き嫌いでしかないのでは?といった議論です。確かに唯我論は、反論できないので、議論になりません。「てめぇーが、勝手に思ってればぁー」ってことになってお話になりません。

 だけど、本物、一流っていうのは、クラッシックもピンからキリまであるだろうし、ポップスだってピンキリだし、アイドルだってピンキリだし、クラッシクが一流で、ポップスが二流って意味じゃないと思うんです。ミスチルや宇多田はポップスとして一流だろうし、モー娘。や小室ファミリー?はアイドルとして一流だろう。取り上げたアーチストは単に説明の為の例なので、個々のアーチストがどうこうと言っているのではないので、念のため断りを入れておきます。くくりの違うものを比較してあれこれ言うのは不毛。ということが言いたかったのです。冷蔵庫と洗濯機を比較して優劣を語っても始まらないだろう。クラッシクの中の一流、ポップスの中の一流、ミスチルの中の一流の曲って意味なのです。

 そういう意味で一流を知っていれば、膨大な作品群に囲まれても、その情報の海に溺れずに済むんじゃないかなと思うんです。まぁ、趣味なんだから、自分の好きなように楽しむことが、「基本」であることには違いないのだが、「情報の海で溺れそう」って思っている人には、そういう手もあるって程度の話です。ああ、いつのまにか「手鏡」がどっかにいっちゃいましたね!気分次第ですので、まぁ、いいじゃないですか。要するに、膨大の中から良いものを映し出すには、一流という「手鏡」が必要、そして、それを手に入れるには古典に接するという手があるよ、ということです。

 というわけで、最後にもう一度ゲーテ君の言葉を引用して終わことにする。

シェークスピアは銀の皿に金の林檎をのせて、われわれに差し出してくれる。ところがわれわれは、彼の作品を研究することによって、なんとか銀の皿は手に入れられる。けれども、そこにのせるのにジャガイモしか持っていない

【関連】
 ・『村山涼一のWebセミナー
 ・『絵画的に探して音楽的に書くための技術」』(先端技術情報センター)
 ・『シニフィアンの戯れ』(by it1127;)

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Comments

ひできさん、おはようございます

>一流、本物

意識として区別していなかった(単純に「いいもの」くらいの意味)ので、その点を指摘されると、確かに違うかも。でもまぁ、ここでは、その違いが重大な意味を持つとは思われませんので、さらっと流します(笑)

>本物

そうですね、なんか心の琴線に触れる、って感じですかね。それから、世俗的な成功・失敗とは違った尺度だと思います。先ほどおっしゃられたような個人的な経験による「本物」との出会いというのもあれば、例にあげられたような、時を隔てて、なお輝いている人物、作品群など、その文化共通の「本物」もあるように思われます。

で、「本物」に接したい、なりたい、という欲望は、やはりファースト的精神、飽くなき向上心なのかな、なんて思ったりしちゃってる次第です。

Posted by: it1127 | 2004.06.28 at 10:47

it1127さん、こんばんわ、

朝は失礼いたしました。子供が最近手乗り文鳥を飼い始めて、その鳥がなぜかキーボードが好きで、私がキーボードを打っていると必ず手に載ってしまいます。

「一流」というのは、「二流」、「三流」と数量的な比較を中に含んでいますが、「本物」は一つの質かな?とか瞬間思ってしまいました。だから、「一流」とういことはわかりませんが、「本物」の人とか本とか絵とか有ると思います。

見ただけで鳥肌が立つような作品(あ、いい意味でですね)。自然と涙がながれでてしまうような音楽。やりとりさせていただくだけで感動してしまう人物。生涯でなんども読みたくなる本。

本物かどうかというのは、人生における経済的な成功、失敗ということではないと思います。生きている間は不遇だった本物の人はたくさんいます。過酷な刑に死んだイエス・キリスト、死ぬ直前まで自分の人生を悔いていた宮沢賢治(松岡さんのうけうり)、お墓に葬られなかったアマデウス・モーツァルト、広い中国を最後までさまよった孔子。

やっぱり、どうせ一度の人生ですから、本物に囲まれて、本物になって、生きたいですよね。

をっ、そういえばたまたまいま手元に「小林秀雄対話集」なんて本があります。この人も本物好きな、本物を求めずにはいられなかった人だったと理解しております。

Posted by: ひでき | 2004.06.28 at 01:24

m_um_u さん、こんにちわ
>いい本とか、一流の人間を知るには....なんでしょうね?(^^;)?
これといった方法は、ぼくにはないのですが、いい本というのは、
その問題に対して、見通し良く、簡潔に、適切に、語ってくれるとか、言葉の操り方が上手いんですね。切れのあるダンスって、見ててほんとに気持ちいいですね。あれと同じで、人もモノも文章も、見てて気持ちがいいんです。目の前の霧がぱっと晴れる感じです(笑)

実践的、社会的な意味では、場数は必要ですね。

Posted by: it1127 | 2004.06.27 at 17:20

ちょうど似たようなエントリーを書いたのでトラバです

いい本とか、一流の人間を知るには....なんでしょうね?(^^;)?

ぼくの場合は乱読の中で、理解できる範囲で自分の言葉に直して、それで論理的にきちんと納得できる本を選んでいって...

そういうのと似た雰囲気の本(堅実・誠実な論述の本)を選んでいってたらいい感じでしたが...

人の場合は・・・一流でも性格の悪いひともいますからねw
(でも、技は一流だったりする)


・・・なんだろ?
・・・やっぱ、場数かな...

Posted by: m_um_u | 2004.06.27 at 15:36

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Tracked on 2004.06.27 at 15:33

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