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■思いのままに33

♪一時よりコメントが減ったように思う

 最近、コメントが減ったように思う。その原因を思いつくまま列挙しよう。

 1.つまらない。もう飽きた。
 2.コメント<しにくく>はないが<しづらい>。記事内容が怖い顔をしている。[参考:12]
 3.ツッコミようがない。記事に隙がない。本当かぁー♪
 4.ツッコミようがない。記事が高尚。本当かぁー♪

 1.だったら、どうしよう。どうしようもないさ。精一杯自分を高めるためにやってんだから。訓練訓練!

♪globeのベストライブDVDを観る

 1995デビュー(東京ベイサイドスクエア TK Dance Camp'95)当時のkeikoが初々しい。最初はアイドル仕様だったんだ。バーニング系アイドルまっしぐらって感じ。振り付けを判で押したようにこなしているところなんかアイドルになりきってます。今と大違い。最先端の電子装置と最先端の音楽と最先端?の新人アイドルで以って、兎に角分り易い音楽を皆んなに届けようと出発した?実験ユニット。社長と新入社員と他部署の先輩社員からなるユニット*1。操る一人/操られる二人のユニット。師匠一人/弟子二人のユニット。高度な音楽の”遠さ”と親しみという”近さ”を、貴方と伴に、一緒に味わいましょうというユニット。そんなglobeが僕は大好きです。

 「love again(1998 横浜スタジアム globe tour 1998 "Love again")」のアレンジはもう民謡さながら、三味線をシンセで再現?していて、皆んなもう乗りまくり。「チャン、チャン、チャチャチャ♪」というリズム、僕はつくづく日本人だなぁ、と思った。

 「You are the one(1998 横浜スタジアム globe tour 1998 "Love again")」は、「We Are the World Usa for Africa 」を想起させる。「You are the one」の繰り返しを大合唱隊でやったらどうだろぉー、と思ったりもした。迫力あるだろうな。とにかく、皆んなが一体となれる曲でした。音楽とは頭で考え、耳で聴き、身体で感じるものだとDVDを賞味しながら思った次第。お買い得でした。

 「genesis of next(2002 大阪城ホール globe tour 2002 "category trance")」は、トランス仕様のglobe、「ドン、ドン、ドン」というトランス特有の「キック」がお腹に響いて心地良い。会場が一つになって空間がぐんにゃり曲がってました。

 「wanna Be A Dreammaker(1999 東京代々木第一体育館 globe tour 1999 "Relation")」は、CDは全てシンセで仕上がった完璧デジロックだったと思うが、これはバンドが入っていてベース?の刻みがとってもヘビーで心地良い。TKが奏でるギターのフォアンフォアン、グゥイングゥインという不協和音も良し。

 「I'm still alone(1998 横浜スタジアム globe tour 1998 "Love again")」は、名曲。keikoらしさがもっとも良く伝わってくる。

【注】
*1: 現在はYOSHIKIという別の会社の社長が加わって4人のユニット。秋?、来年の春?のライブが楽しみ。いつまででも待ってるぞぉー

♪TM NETWORKのライブチケット届く(4/21横浜アリーナ)

 チケットが届く。3枚買ったのだが、他の2人が「忙しくて行けない」とのこと。どうしよう、2枚が無駄になってしまう。
どなたか、2枚只で差し上げますから、僕と一緒にライブに行ってくださる方おりませんか。メール連絡お待ちしています。

♪週刊文春4月8日号を買う

 例の一件で、普段は買わない週刊誌を3週連続で買う。折角だから、気に入ったところをメモしておく。立花隆の寄稿より

ミルトンが何よりも力説していることは、言論をいい言論と悪い言論に分けて、悪い言論を弾圧し、いい言論を称揚するというやり方(つまり検閲)からは、よきものは何も生まれないということある。「我々は清浄な心をもってこの世に生まれるのではなく、不浄の心をもって生まれてくる。我々を浄化するのは試練である。試練は反対物の存在によってなされる。悪徳の試練を受けない美徳は空虚である。美徳を確保するためには、悪徳を知り、かつそれを試してみることが必要である。・・・」
 要するに、善人は悪人を必要とし、高尚は低俗を必要とし、物分りの良い人は分からず屋を必要とする。ってこと?善人だけの世の中って、えっ!想像できましぇぇーん。

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Comments

おはるさん、こんにちは
>私個人としては、記事がいくら怖い顔をしていても、個人のスタイルを貫くだけだよ、ですね。それは他人の意見に耳を貸さないのではなく、自分というものがあって、その上で他人というものがいる、そのことはきちんと受け止めた上で、ですね。

概ね、同意、ですね。

ぼくの場合は、時として、それ辺が揺らぐ[笑]。「コメントがなくて寂しい」と思ったら、コメント[票]欲しさに多少の演出はしてしまう。良く言うと「臨機応変」、悪く言うと「日和見」で、小泉首相みたいに「変わる人(変人といわないところがミソ[笑])」なわけです。

余談

ちゃんと「しづらい」に反応するところは、会話の「芸」を心得ている、とみた。さすが、おはるさんです。

Posted by: it1127 | 2004.04.09 at 15:32

こにちわ。

>記事内容が怖い顔をしている。

言われますね、私。あまりフォーラムの話題は持ち出したくないのですが、持ち出さざるを得ないので話をすると、フォーラムでのおはると、ココログでのおはるがあまりに違うので、ココログのほうはコメントしづらい(「しにくい」でないところがみそ)、と、フォーラムのほうで言われました(笑)。

フォーラムとココログでの違いは確信犯として演出している面もあるんですけどね。そもそもはフォーラムで書きづらいことを書くために始めたココログだったので。

だからフォーラムのほうでは余程信頼出来る場でない限りココログのアドレスは出してないのですが、それでも来る人は来る。それでコメント出来ないなら出来ないで、一向に私は構わないし、自分が猫被ってまでもコメント貰おうとも思いませんしね。

本当に私とコンタクトを取りたい方というのは、記事スタイルに関係なくコメント書いていただけますしね。だから、私個人としては、記事がいくら怖い顔をしていても、個人のスタイルを貫くだけだよ、ですね。それは他人の意見に耳を貸さないのではなく、自分というものがあって、その上で他人というものがいる、そのことはきちんと受け止めた上で、ですね。

Posted by: おはる | 2004.04.09 at 13:23

もちろん私も貰えるコメントは貰っておきます:p。
自分または記事を向いたコメントであれば、か。一応^^;;。
# spam ぉぉぃらしいですねぇ

Posted by: Shin | 2004.04.08 at 16:47

おぉ、復活されたのですね!待ってましたよ[笑]。また、報告ありがとうございます。
>私は、ただの気晴らし
ぼくもただの気晴らしです。いま下書きしている記事でそういうことを書こうとしています。
>儀礼的なのもいやなんですよね。。
そう、義理だったらいらない、でもないよりましかも、義理チョコといっしょで、無視よりはマシかも[笑]

とにかく、ぼくの場合はどんなコメントでも嬉しいので、すみれさん、コメントじゃんじゃんしてくださいネ!

Posted by: it1127 | 2004.04.08 at 00:51

it1127さん!こんばんは~。
ご報告遅くなりましたが、数日前より、ブログ、
再開しました~。
it1127さんは、自分を高めるためのブログ、なのですね~。
スゴイ。
私は、ただの気晴らしでしかないので、
人それぞれ距離があるのだなあ、、と思いました。
そうそう、お二人のコメント見て思いましたが、
コメントつけることについて、、
儀礼的なのもいやなんですよね。。
以前、『HP』やってたときも「BBS」とかだと、
そういうのありがちでした。ただのお付き合いっぽい、、というか。
だから、記事中心の『ブログ』にしたら少し気が楽になったような気がします。記事読んでコメントつけてくれたりつけてくれなかったり、、そういうほうがいいです。
えーっとうまくいえないけど、コミュニケーション重視なら『HP』形式がいいと思うけど、記事書いたり表現したりしたい場合は『ブログ』なのかな、、と思ったり。そのへんが「コメント」の仕方の違いなのかなあ。。あれえ、、うまくまとまらなくてごめんなさい。

Posted by: すみれ | 2004.04.08 at 00:15

まず返事が遅れたことお詫びします。僕の性向として、コメントを読んで大概即答しますので、自分の感覚としては大変遅い返事となります。なぜ遅れたかと申しますと、shinさんのコメントは参照URLを含めて多くを含んでいましたので、適切な返事ができなかったからです。まぁ、この時点でも適切な返事はできないのですが、あまり遅くてもなんですから無視した訳ではないですよ、ということが第一の目的でコメントしている次第です。僕の事情を説明しておきますと、先日shinさんが紹介されていたURL『blogに必要なものは、論理か感性か』を契機に、自分としては一応の結論は出していた「なぜウェブ上に文章を公開しているか」のテーマについて再考を始めたところで『インターネットの心理学』を読んだりして、このテーマについて思索を深めているところです。ですから、一応一区切りがついた時点で、このコメントへの返事は一つのエントリとして書く予定です。で、いまは応えられるものについてだけ応えておきます。

>対話はどこで終らせるか?対話はどちらが終らせるか?
遇数回のコメントで終了と決めています

>対話は労力がかかります。文章での対話だとなおさら
YES

>少なくとも同じ場所だけにコメントを付け続ける人はいない
僕の場合、同時に3人ぐらいが限界ですね

>苦痛の元になるはず
苦痛までは行かないですが、気にはなりますね。[それを苦痛と呼ぶのか(笑)]


Posted by: it1127 | 2004.04.04 at 23:01

自分が前から話題にしようとしてたことで、自分の格言前段階メモに(リンクとともに)書こうと思ってますが、ここにも^^;。

対話はどこで終らせるか?対話はどちらが終らせるか?という問題と絡んでいると思っています。
元々、対話は労力がかかります。文章での対話だとなおさら。
# (通知機能の無い)blog の場合、返事がついたかどうかに対して気にかけなければならないというおまけ付き^^;。

で、いつも見ている人であっても普通はコメントを付けるという行為に飽きてくるものと予想します。少なくとも同じ場所だけにコメントを付け続ける人はいない(興味は拡大するものだから)。懇意にしているサイトだと、儀礼的にたまには何か書かないと悪いという気になってしまうことも、苦痛の元になるはず。
他にも遠因を想定していますが、その辺を絡めて記事にしようとずっと思ってたのでした^^;。

http://shin.txt-nifty.com/philosophical/2004/03/post_7.html
こちらは、その一部を具現化した主張^^;。
http://shin.txt-nifty.com/philosophical/2004/04/web_.html

Posted by: Shin | 2004.04.04 at 05:07

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