« ■メディアの王道11:文字・言葉・文学 | Main | ■思いのままに8 »

■思いのままに7

思いのままに[前記事]

□「儀礼的無関心」の人って、そうだったのか。やっぱり[続編]

[1]ARTIFACT:ネット教習所をシステムとして作る-儀礼的無関心について-

[2]あそびをせんとやうまれけむ:ネット教習所

 [1]では、一連の「儀礼的無関心」騒動の決着をつけ、そして新に提案をしている

 記事[1]の前半部分で述べられた、一連の騒動の顛末を自分なりの言葉で要約すると
 登場人物は3人

  [a] -- 記事[イ]をたくさんの人に読まれているのを知って削除した人
         サイト自体は存続
  [b] -- 「儀礼的無関心」の張本人
       [b]は、[a]の記事[イ]を観るのを密かに楽しんでいた
       ところが、
       ある日突然[a]の記事[イ]が削除された

       あるパワーサイト[c]が、[a]の記事[イ]を紹介してリンクを張った為
       読者が殺到して、それに驚いた[a]が記事[イ]を削除したからだ

  [c] -- [a]の記事[イ]を紹介リンクを張ったパワーサイト

  [b]の主張
     

私の密かな楽しみを奪った[c]は、ひどい。パワーサイトであることを自覚して遠慮して欲しかった

     それだけで済ませておけば、問題なかったのであるが
     それを「儀礼的無関心」などという「やや手垢のついた概念」を持ち出して
     仰々しい「儀礼的無関心の可能性」などという荒唐無稽の提案をおこなった

     だもんだから、

     みんな面白がって、議論百出、喧々諤々、非難轟々、神出鬼没
     の議論が展開され、「儀礼的・・・」祭りが行われた

     「おバカ」な議論が好きな私も当然まつりに参加したのは言うまでもない

     -- 教訓 --

      踊るアホウに観るアホウ、同じアホなら躍らにゃソンソン
   
  [2]では、[1]の提案をさらに一歩進めた提案を行っている

   -- 限りなく本気に近い冗談 --

 ネット初心者にとっては非常に示唆にとんだ記事である。詳細は本文参照

□沈黙の読者たちのために、わたしは書いています

 沈黙の読者は、誰か。それは自分自身なのです。自分の関心にしたがって、記事を書き
 そしてそれを、今度は読者として読み、歓心[、感心、寒心]したりしているのです

 >>まだまだ、つづく

|

« ■メディアの王道11:文字・言葉・文学 | Main | ■思いのままに8 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1449/159268

Listed below are links to weblogs that reference ■思いのままに7:

« ■メディアの王道11:文字・言葉・文学 | Main | ■思いのままに8 »